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詩・的・散・文

創作掌編小説・童話

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「ただいま」

その時、僕は横断歩道の先に、ママを見つけたんだ。
だから、自転車のペダルをぐっとこいだ。
自動販売機の陰から、真っ赤な車が見えたのと、僕の身体が重力を失ったのは、ほとんど同じくらい。

がしゃん。

そして、暗転。
・・・・・・。


「あなた、いつまで寝ているの?」
あぁ、眩しい。
「たまのお休みだからって、寝すぎよ、ほら外はいい天気。」
妻の上機嫌な声が聞こえる。
あぁ、ここは、僕のうちだ。働き続けてやっと35年ローンを組んだ、会社から片道1時間半もかかる僕のうち。
「ねぇ、起きないの?」
「起きるよ、おはよう待たせてごめん。マユミ。」
あれ、返事がない。
「・・・あなた、マユミって誰?」
え?
「やっぱり、毎日仕事仕事って、おかしいと思ってたのよ・・・。浮気してたのね。」
何、言ってるんだ?
「・・・許せないわ。」
女の細い指が、首にぎゅっと巻きつき、かぶった布団が顔に。
息ができない・・・。
目の前が、だんだん色をなくす、苦しい・・・。
意識が・・・。
声が・・・。
タスケテ・・・。




さらさらさらさらさらさらさら。
どうどうどうどうどうどう。
天井は青く澄んでガラスのようで。
頭の上を水が流れていく。
目の前の石の影に、ヤゴがいる。
何かが、目の前をよぎる、きれいな色の見たこともない虫。
おいしそう。
口に何かが刺さった、痛いよ、離して、口を引っ張って身体を持ち上げないで。
「オトウサン、ミテ、オオキナサカナ。」
「オウ、スゴイナ。コレハクエルナ。」
はなしてはなして。
「ミテロ、コウヤッテココヲキッテ、シメルンダ。」
がりりっ。
いたいいたいいたい・・いたい・・・いたいいたい・・・いた・・い。
誰か、わたしを水にかえして・・・・。


ぴっぴっぴっぴ・・・。
予断を許さない状態です。
息子さんは、もし命を助かっても、意識が戻らないかもしれません。
車体と自転車のフレームに腹部と胸部を挟まれ、頭も強打しています。
出血も止まらない。今から、輸血をしますので、輸血同意書にサインを。


暖かい血が流れ込む。


海の果ての果てで、君に会おう。



「結婚してください。ずっと一緒にいたいんだ。」
「ありがとう、ずっと一緒にいたいわ。」
君にはじめてあったのは、この桜の下だったね。
えぇ、あなたはサークルの勧誘を強引にしていたわね。
あれから、何年たったの?
ごめん、ごめん。ずいぶん待たせたね。
来年、桜の咲くころに、君にウエディングドレスを着せるから。
風が強いわ。
君の髪に、薄紅色の花びらが散って、綺麗だ。
桜は、満開。
二人の行く手は、光り輝く未来。
ぼく、まっているよ、ママ、パパ。
だから、こんなに花を咲かせたんだ。大好きなママとパパのために。
1年後、重機で引き倒される桜の老木。


「出血はどこだ?」
「血管!どこだ!結サツ!糸!」
「ガーゼ、もっと!」
「血圧低下。」
「まだ、とまらない。」
どこだどこだどこだ。


僕の自転車は、ママとパパが小学校に初めて行く日に買ってくれたんだ。
かっこいいでしょう。
僕知ってるよ、ママとパパが桜が好きなわけ、ふふふ。



「・・・、ユウジ、ユウジ!!」
「マ・・マ。」
「おいっ!ユウジ、パパだっ!分かるか!」
「うん、パパ・・・。」
「意識が戻りましたね、すごい。息子さん、がんばりましたね。よかったよかった。」
「先生、ありがとうございます。」
「ママ、パパ、ただいま。」
僕、夢を見たんだ。長い長い夢。
僕、ママの髪に花びらを散らしたよ。

綺麗だったでしょう?
僕、ママとパパに会うために、何度も死んできたんだ。
やっと会えたね。

ただいま。
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復讐(後編)

新幹線の窓の向こうは、すっかり暗くなった。
父は、意識が戻ることもなく、あっけなくこの世を去った。
鬼の最後。
最後なんて、みんなあんなものなのか。

私は、缶ビールのプルトップをぷしゅっとあけた。泡だったビールの飛沫が車体の振動で顔に散った。ごしごしと手の甲で顔をこすりながら、暗い窓ガラスに目がいった。
(お父さん。)
窓ガラスに映し出された私は、年とともにふっくらとした頬の肉が削げ落ち、亡くなる寸前の父の顔にそっくりだった。
遺伝という鎖を引きちぎってしまいたい、どうしようもない衝動に駆られた。

紺色の空にさらに暗いシルエットの山々が低く連なっている。
ずっと低い手前から、その山の上のほうまで、黄色やオレンジ色の明かりが星をばら撒いたようにきらめく。ゆっくりとカーブを描いて流れる赤いランプは、たぶん高速道路なんだろう。
もうじき、私の住む町に着く。
胸の底の固い塊がごとりと動き出したように感じた。


父の葬儀に母は、来なかった。というより、呼ばれなかった。姉夫婦が、ボケた母の姿を人目にさらすこともないと、ホームから呼び寄せなかったのだ。
ずっと家を捨てていた私には、母がどのような状態であるのかは分からない。
ただ、父を死んだことも知らされず、母は自分が何十年も住んだ家から引き離され、どういう風にすごしていたのだろう。それを思うとひどく自分が動揺したのを覚えている。

父の葬儀は、真夏のように晴れた日に、父の生前の派手の人付き合いを示すように、盛大に行われた。
遺影の父は、にこやかに笑っている。
こんな顔で笑う人だったろうか。
でも、お父さん、眉間のしわは消えないんだ。
私は、隠した父の罪を見つけたように、そっとほくそえんだ。

父は、我が家での絶対的な権力者だった。
(俺の言うことは、99%正しいんだ。たとえ1%が間違っていたとしても、それを指摘することはお前立ちにはできないんだ。)
父は、真顔でそんなことを家族の前で口に出す人だった。
典型的な仕事人間で、家庭のことは、まるっきり母に任せっぱなしだった。
気に入らないことがあれば、怒鳴り散らし、いつでもいらいらしているように見えた。
母も姉も私も、父が家にいるときは、ひっそりと音をひそめて生活していた。

そんな父と母が完全に娘たちを管理しようとしながらも、家族と私の決別は、意外に早くやってきた。
中学生のときに、万引きで補導されたのだ。
お小遣いは、厳しく母に管理され、使用用途までも決まっていた。
でも、とりたてて欲しい物があったわけでもなかった。
塾に行く途中にある小さな雑貨屋にふらりと入った。その店の棚の上で、きらきらと輝く飾りのついたヘアゴムを手に取った。
最初は、ひとつ。
それは、誰にも気づかれなかった。
塾につき、トイレに行き、母が切った、縛る場所もないほど短い髪に、きらきら光るヘアゴムをそっと当ててみた。
どきどきした。鏡に映った私の顔が緊張でこわばっている。
でも、私には、その髪飾りが王妃の冠のように思えた。

私は、その店で、ヘアゴムを万引きし続けた。
青い星の飾りのついたもの、苺の形、細かい色とりどりの花が束になっているもの・・・。いくつもいくつも。
それはいつも、塾のひっそりとしたトイレで、私の髪に当てられるだけで、あとは自宅の本棚の隅に立てられたペン立ての底にしまわれた。
小雨の降る肌寒い日、私は、またその雑貨屋に立ち寄った。いつもの棚に近づき、オパールのように光る小さな白いハートのついたヘアゴムを手に取り、すっとカバンに落とし込んだ。
ぐっと腕をつかまれたのは、その雑貨屋を出ようと傘を広げた時だった。
「カバンの中を見せなさい。」
私は、カバンを開けた。
ころりとカバンの底に値札のついたヘアゴムが転がっていた。
カバンをさかさまにひっくり返された。
バサバサと落ちた塾の教材にまぎれて、きらきらと光るハートの飾りが、雨でぬかるんだ泥にまみれた。
私は、かたくなに口を開かず、名前も学校名も告げず、警察に引き渡された。
私は、父の命令で、母の手ので塾をやめさせられ、中学生には多額の小遣いを渡された。
何でも好きなものを買えばいい、自分の好きなように。そうたった一言、告げられて。



「は。」
新幹線からまた小さな私鉄を乗り継ぎ、やっと見慣れた駅に降り立った。
13年間住んだ私の町は、いつだって少し湿った匂いがする
まだ、時間はもう夕食の時間をはるかに過ぎていた。延びてしまった休みのお礼と明日から出勤することを告げるために、勤め先の花屋に電話をした。
簡単なお悔やみの言葉を店主から言われ、明日からまたよろしくお願いします、と携帯電話を持ちながら頭を下げた。
お腹のすいた私は、駅前のファーストフード店に立ち寄った。パサパサするハンバーガーを新聞紙のような匂いのするコーヒーで流し込んだ。
店内は、賑やかだった。でも、私に話しかける人はいない。
視線は、自然と窓の外に向けられた。いくつもの看板が見え、その中に父の死んだ病院で聞いた老人ホームの看板があった。
○○園。澄んだ空気と緑に囲まれた永住タイプのマンション。
私の足は、その住所に向かっていた。


老人ホームは、小奇麗で管理も行き届いているようだったが、どこからか排泄物の臭気が漂ってきた。デイルームの大きなテレビの前に、ぽつんと置かれた車椅子で老人がゆっくりと首を振っている。
母は、淡いクリーム色の壁の二人部屋でベッドに静かに横になって、目をつぶっていた。もうひとつのベッドは空のようだ。
13年ぶりに見る母の背中は、小さく縮こまり腰の辺りの肉付きだけが、豊かだった。
父が死んだばかりということもあり、ホームはすんなりと面会を許してくれた。
「・・・お母さん。」
母が、首だけをねじるようにして、こちらを向いた。
その顔を私は、忘れることはできないだろう。
柔和な目の色、微笑んでいるような。
「お父さんをおくってきた?」
母は、ボケてなんかいないのだ。
「あの人も死ぬのねぇ。うふふ。」
「ユキは?相変らず、旦那さんと仲良くしているんでしょう。あの子は、本当に小さい頃から素直だったから、お父さんとお母さんの言うことをよく聞いたわ。
お父さんの選んだ人と一緒になって、お父さんのように育ったわ。」
「お母さん?」
「自分の思い通りに、人を動かそうとして。うふふ。」
この人は、何を言っているんだろう。自分の伴侶が亡くなり、こんなところに閉じ込められて、なんでこんなにも嬉しそうに笑うのだ。
「ミユ、あなたに渡すものがあるのよ。あんなお花屋さんで一生懸命働いたって、たいしたお金にならないでしょう。・・・はい。」
母が、私に手渡したのは、私名義の古い通帳だった。中には、私が見たこともない金額が印字されていた。

なぜ、母は私が花屋で働いていること知っているのだ。13年間も連絡を絶っていたというのに。
それよりも、なぜ、この町の老人ホームにいるのだ。私がやっと見つけた安住の地に。

「あなたは、あの人にそっくりだった。顔もしぐさも。でも、私のいう通りにはならなかったわ。いつだって、自分一人で、何もかも決めてしまって。」
「だから、私は、あなたが嫌いだったのよ。」
母の目からは、あの柔和な表情は消えて、暗い怒りに燃えていた。
私は、自分が幼い頃のようにまた、怯えてるのを知った。膝ががくがくと小刻みに震えていた。
「明日、ユキが来るわ。あの子は、私の若い頃にそっくり。目元も体つきも。」
「お姉さんは、お母さんが・・・。」
「ボケていると、信じてるわ。うふふ。」
母は、頬を紅潮させてしゃべり続けた。ベッドの上に起き上がり、昔のようにすっと背筋を伸ばしていた。
「ユキは、お父さんを見殺しにしたでしょう。」
あはははははははははは。
母の高笑いが、部屋に響いた。

私はその部屋から、走って逃げ出した。
母は、その夜老人ホームの部屋で、パジャマを綱代わりにして、首を吊った。
父が亡くなってから、3日後のことだった。


姉から、母が亡くなったと携帯電話に連絡が入ったが、私はその連絡を無視して、花屋で働き続けた。
一度、相続放棄の書類がそっけない封筒で届いた。私は、内容を確認もせずに印鑑だけを押して、送り返した。
日々は、単調に平和に流れていった。
花屋の店長が、ある日、私に分厚い茶封筒を手渡した。
「なんですか?」
その中から、見覚えのある通帳が出てきた。
裏を返すと、差出人は、母の入所していた老人ホームになっていた。
あの日、母が私に手渡した通帳だった。あの時、走って母から逃げるのに必死で、あの部屋に忘れてきたのだ。

この中には、今の私には想像もできないほどのお金が入っている。カツカツの生活の私は、喉から手が出るほどこのお金が欲しい。

でも、それを稼いだのは、家庭をかえりみなかった父だ。
それを私の名で貯めたのは、私を嫌いだと言い切った母だ。
父は、母は、何を命の終わりに見たのだろう?

憎しみは、どこから来て、どこへいくのだろう?


通帳には、母の右上がりの文字で
「印鑑は、ユキが持っています。」
ただ一言、そう添えられてあった。



*******END*******

復讐

父が倒れた。

13年間音信不通だった、姉から連絡があった。
私は、生まれ育った地を、半ば強制的に離れ、やっと、生活が軌道に乗ったところだった。
私は、無遅刻無欠勤で夢中で働き続けた、小さな花屋の店主に、とりあえず明日から3日間休むことを告げた。
そして、押入れの隅で埃をかぶっていたボストンバッグに、下着と簡単な着替えを詰めた。

生まれ故郷までは、新幹線で2時間。自宅までは私鉄を乗り継いで1時間。
姉の携帯電話に、途中の駅から、父の入院先を聞こうと電話をしたが、着信拒否されているようで、ぷつんと電波は途切れた。
自宅の前に立つと、玄関の明かりが浩々と瞬いたいており、他の来客が予想された。
私は、しばらく、自宅を見つめていたが、そっと人差し指でインターホンを押した。
「はい?」
姉の声だ。
「私。」
ガチャンッ。
インターホンが置かれる乱暴な音がして、それとほぼ同時に、玄関のドアが開いた。
「ミユ。入って。」
姉は、ぎゅっと縛った髪を振るようにして、顎で家の奥を示した。

自宅には、叔母と義兄がおり、缶ビールを片手に、テーブルの上の書類に顔をこするつけるようにして、ぼそぼそと会話をしていた。
二人とも、わざとのように、私に注意向けるそぶりはなかった。

「お母さんは?」
「ホーム。」
姉から、そっけない返事が返ってきた。
「え?・・・ホーム。」
「老人ホーム。」
私は、スプリングのくたびれたソファにますます沈みこむように深く座った。
「ボケちゃって。家じゃ面倒見られないの。・・・なんか文句あるの。」
姉がこっちを見ずに、言葉だけを私に投げつけた。
文句なんてあるはずもなかった。
「それで、・・・お父さんは。」
「意識不明。」
今度は、義兄が答えた。
「ミユちゃんは、遺産いらないよね。」
「・・・。は。」
義兄は、神経質そうな細面の顔を私のほうに向けたまま、そう言った。
(この人は、相変らずどこ見ているかわからないな。)
「お父さんは。」
私は、その断定的な質問に答えず、もう一度繰り返した。
「○○市民病院。」
今度は、叔父が答えた。
私は、足元に置いてあったボストンバッグをつかむと、誰にも何も言わず、自宅の玄関を出た。

外は、初夏の甘ったるい空気が流れ、電車の動く音が、ゴトンゴトンと響いてきた。
いつの間にか、青い夕暮れだった。

市民病院までは、バスで30分ほどだ。
面会時間は過ぎていたが、受付で父の名前を告げると、似合わない制服を着た、無愛想な女が病室を教えてくれた。
5階の外科病棟の一人部屋だった。
シューコッシューコッと機械音が響き、父は眠っていた。口からホースが伸び、点滴が腕に繋がれ、はだけた胸元から、カラフルなコードが見えた。
私は、意識がないにもかかわらず、眉間に深いしわを寄せたままの父の顔をじっと見つめた。
今にもむくっと起き上がり、昔のように怒鳴り始めような気がした。
何と話しかけて良いかわからず、じっと立ち尽くしていた。
(鬼も死ぬのか。)

「娘さん?」
突然、後ろから話しかけれられ、私は飛びあげるほど驚いた。
振り向くと、むくむくと健康的に太った看護師が立っていた。歳は、私と同じくらいか。だから、若くはないわけか。
「ちょっとお話いいですか?」
「はい。」
話しを聞くだけなら、時間はまだある。
父は、もう意識が戻ることはないだろう、延命治療はご家族が苦しみを望まないので、このままならあと一週間もつかどうか。
太った看護師のむくむくとした頬を見ながら、怒りがわいてきた。
姉夫婦は、あの口から腐るほどの嘘を吐き出したのだろう。愛に満ちた口調で偽善と欺瞞の言葉をまるでマシンガンのように。
「・・・私がみます。」
「は?はい。」
看護師は、にっこり笑った。
私は、姉夫婦への嫌がらせをしたいばかりに、そんな事を申して出た。

私は、後悔先に立たずだわ、とため息をつきながら、意識のない父の横に置かれた簡易ベッドに横になった。
耳障りな呼吸器の擦れるような音、どこから聞こえるピッピッピという電子音。猫のように音を殺し歩き回る看護師の足音。ざわざわと伝わってくる、人間の気配。
父は、相変らず、眉間にしわを寄せたまま口からホースを突き出している。
何もかもが、気にらなかった。
(なんで、目を閉じてるのよ。)
こっそりと持ち込んだワンカップの日本酒を一気にあおって、いつもの睡眠薬を飲んで眠った。夢も見ずに。

締め切った淡いグリーンのカーテンの隙間から、やけに明るい朝日がさして目が覚めた。
父の昨夜と変わらぬ表情が、カーテンの緑色の染まってまるで死人のようだ。
私は、べとつく口をゆすぎに洗面所に向かった。
もう、大部屋では食事が始まっており、ゾンビのようにゆっくりとした動きで、スプーンを口に運んでいる老人が見えた。その隣では、下半身むき出しの老人がオムツを変えてもらっていた。看護師のあやすような甲高い声が聞こえてくる。
部屋に戻ると、看護師がきて、父のオムツを替えていた。
私は、ゴロンゴロンと転がされる力ない肉体を見ながら、何も手出しできずにいた。物言わぬ肉体を軽々扱う看護師がまるで地獄の獄卒のように思える。

「おとうさん。」
部屋に私と眠ったままの父だけが取り残され、私は、小さく声をかけた。
なぜに、こうも私とあなたは遠く隔てられているのだろう。いつから、親子で憎みあい、兄弟で欺きあいを始めたのだろう。
憎しみは、どこからやってきてどこへ行くのだろう・・・?

私は、忙しそうな看護師を捕まえて、母の入所している老人ホームの名前と住所を聞き出した。怪訝そうな視線を避けながら、手帳にメモを取った。
それは、今、私の今の住所に程近い小さな町の住所だった。
A市××町。
私は、母に会えるのだろうか。どんな顔でどんな言葉で、どんな髪型でどんな服装で。
母は、私を許すだろうか。
私は、母を許すのだろうか。

母は、父の影におびえながら暮らし、そして私たち姉妹を父を見返すために育て上げた。尋常ではない厳しさで。
母性という名を借りた自己実現を私たち姉妹に課したのだ。
どこにだしても恥ずかしくないように。
学歴を、言葉使いを、生活を、考え方を、心までも支配した。
幼い頃から、母はぬくもりの対象ではなく、恐れの対象だった。
私に初潮がやってきた時に、恥ずかしいような誇らしい気持ちで、母にそっとその事実を告げた。
「下着は?」
「え?」
私は、初めての血で染まった白い下着をぎゅっと小さく丸めて掌に隠していた。
「ここにある。」
「貸しなさい。」
私が差し出した掌に乗った下着を、母は奪い去るように引っつかんだ。
そして、猫の額ほどの庭に出ると、持っていたライターで火をつけた。私の木綿の下着はなかなか燃えなかった。すると母は、新聞紙とライターのオイルを持ってきて、また火をつけた。
青いちろちろとした炎は、あっと言う間に赤く変わり、新聞紙ごと私の経血を包み込んだ。
「汚い。早く、手を洗って、お風呂に入りなさい。」
私は、その言葉に怯えながら、身体を洗って、知らずに流れてきた涙で汚れた顔をごしごしとこすった。
(汚い。)
母が言った言葉を、胸の中で何度も繰り返した。

病院の屋上は、日差しを遮るものがなく白く眩しく光っていた。
(日差しに酔ったかな。ビールが飲みたいな。)
私は、目の奥にちらちらする緑色の残像を追いながら、また顔を太陽に向けた。
病室では、父が眠っていた。
シューッコ、シューッコ・・・。
繰り返される単調な機械音。これに父が生かされている。
(ざまあないね。お父さん。)
家庭でも、仕事でも、何でも思い通りにできた人が、そんなところで機械に生かされ、残りの命の長さでさえ、人次第なんて。
あなたの言葉を何でも聞いた母もここにはいないよ。
老人ホームで、あなたのことなんて忘れて、意味のない言葉を吐き散らかしているよ。

そして、ここには、あなたと私しかいない。
憎しみはどこからやってきて、どこへ行くんだろう・・・。


つづく)

「異形」

誰もが、私の姿を振り返る、または、凝視のあと目をそらす。

私は、「異形」だ。
誰もが、私を「異様」だと、「何て姿」だと思うのだろう。

どうぞ、私を嫌って下さい。
私は、神さまから、この姿を現すために、生まれてきました。
「神」を恨むわけにも、私を産んだ女性を恨むわけにもいかずに、ただ生きているのです。
私は「不幸」でしょうか?
きっと、世の中のほとんど誰もが「あなたは不幸」だ、と言ってくれるでしょう。
私の心は、小さい頃からの偏見と虐めで、歪み、怒りを抱いたまま大人になりました。

私は、当たり前と思われる姿をもち、この世に生を受けました。
私は、なぜこんなにも、歪んだ怒りを抱き続けているのか。
何に対して?
私には、わからない。
私を産んだ女性が、この世から、姿を消してしまったことに、もしかしたら、関係あるのかもしれません。

私は、何を、誰に望めばいいのでしょう?
「どうぞ、神さま、私に光り輝くような美貌を与えて下さい。」
叶えられないはずの、望みを抱き続けて、人は生きてはいけないから。

どうぞ、私を嫌って下さい。

最初に、身体に傷をつけたのは、ちょっとした手違いからだった。
木を削るはずの彫刻刃がすべり、私の指先を切り落とした。
ぼたぼたと滴り落ちる、真っ赤な血液に呆然としていました。その血液の中に、切り落とされた私の小指の先の第一関節から上の肉片が埋もれていました。

それは、小学校での授業中だったので、周りは騒然となり、わーわーと立ち騒ぐ同級生と教師がいました。
きっと、私はそのとき、口元に笑みを浮かべたはずです。
何のために?
わからない。

ただ、私は、姿を変える喜びをその時、知ったのでしょう。
それが、人に与える衝撃の大きさに酔うことを。

切り落とされた、私の指先は二度とつくことはなく、それが、虐めの対象になりました。
「気持ち悪い。」
もう慣れてしまったこの言葉。

本当に、歪んでいたのは、指先ではなく、私の心だったのに。
誰もが、私の「姿」を「気持ち悪い」とは言ったけど、私の心の歪みに「気持ち悪い」と言った人はいませんでした。

そう、そして成長するにつれ、人から「注目されること」を望みました。
リストカットが始まったのもその頃でしょう。
「死」への無責任な憧れが強くなる思春期に、私の手首を彩る傷は注目の対象でした。
でも、自分自身は「死」なんて、よくわからなかったのです。
そして、その頃、リストカットで有名だった、ネットアイドルが、亡くなりました。

でも、私の心の歪みは、彼女とは違っていた。
私は、「生」にまだ、執着していたから。

高校に進学し、大人びたクラスメイトのしている、ピアスに心を奪われました。
身体に、傷をつけ、そこに埋め込まれる輝き。
私は、コンパスの針で退屈な授業中に、耳たぶに穴をあけました。
耳たぶを突き抜ける、鈍い針先の、ずぶッと言う音は、リスカットとは違い、より生産的な感覚でした。
「何やってるのー」
無責任な、クラスメイトの小さな叫びが快感でした。
私は、そうして、身体に金属の輝きをまとっていったのです。
それは、ファッションピアスから、ボディピアスと呼ばれるものになっていきました。
口元にラブレットと呼ばれる、ボディピアスをつけた日のことは、きっとずっと忘れないでしょう。
「痛くないの~!」「かっこいい!」「おっかしいんじゃない?」

誰の言葉も、私の心には届かず、口元に埋め込まれた金属の輝きと腫れた口元が自己を満たしていました。

そして、高校を卒業する頃には、耳と顔のピアスホールは20個を超えていました。

でも、まだ、私は「飢え」ていた。
何に?
どうして、私にそれがわかるのでしょう?
ただ、飢えていたのです。
私に、差し出されたものなら、それが汚物であっても、飲み下したでしょう。
そう、私は、それくらい飢えていたのです。

私は、いったい何処へ向かっていきたかったのか。
風は、強い強い向かい風で目もあけていられなかった。

私は、意味もなく男と寝ることを覚え、ますます心を歪ませていきました。
誰もが、私を必要とはしていなかった。
彼らも、私とは違うところで歪み、怒りの中で、ピアスと傷痕に彩られた私という、女の身体を抱いていきました。

私は、私は、私は。
他者を必要としながら、拒み続けてきた。
拒否されるのが、怖かった。
だから、どんなマイナスの感情でもいいから、向けて欲しかった。

だから、どうぞ、私を嫌って下さい。

もう、これ以上、ピアスを増やす場所がないと、思ったとき、私はパニックに陥りました。
(もう、身体に傷をつけられない。)

私は、とっさに、目の前にあった入れたてのコーヒーを頭からかぶりました。
身体を刺す、熱気が私を包み、その痛みの中で、私は「火傷」を、心の歪みにインプットさせました。

それから、数日して、私は自宅のキッチンで、やかんにグラグラと湯を沸かし、じっとその様子を見ていました。まるで、清らかな清水が湧き出す時のような、水の泡をじっと見つけていました。
グラグラと煮え立つ泡は、大きく膨れ、騒ぎ立てる水面で消えていきました。
(泡になりたい。)
ふと、私は、そう思いました。

私の右手は、熱くなったやかんの取っ手を握りしめると、火から下ろしました。
まだ、やかんの中では、湯のたぎる様子が手に伝わってきました。

頭から、顔、耳、肩、胸にかけて、耐えがたい苦痛が私を包み込みました。
そして、私は、気を失ったのです。

気がつくと、真っ白な病室で、右半身にはやはり真っ白な包帯とガーゼが巻かれていました。

そして、命を保ったかわりに、私は、心どうりの「異形」になることができたのです。


道を歩くと、誰もが私の姿を振り返る、または凝視のあと目をそらす。
私が「異形」だからです。

私は、不幸ではありません。
私の、心の歪みを体現できたのですから。
みんなに、嫌われる理由が、やっと自分に納得させられたのですから。

焼け爛れた皮膚の下で、取り出しきれなかったピアスが、鈍い輝きを放っています。
そのピアスには、透明な水のようなブルーのジュエルがついています。
それは、唯一残った、私の美しさなのです。




END*

蜜柑色の夕焼け(仮題)続き

ミミカは、私が置き去りにした日、児童養護施設の前の階段で、泣きもせずに座っていたのだと言う。
施設の職員が、事務的な口調で、ミミカのことを説明してくれた。
それは、私が、ミミカを自分の子にするための、賭けを始めたその日のことだ。
身体中にある、あざと火傷は、日常的に虐待にさらされていたからだろう、と言われ、分かっていたものの、私はショックを隠し切れなかった。
「このような施設では。」
担当の職員が言った。
「あの子の持っているような、派手な個人的なリボンなんかは禁止なんですが。あの子から、あのリボンを取り上げると、破壊的な行動にでるんです。」
ミミカは、この施設にきた当初、風呂に入れようとした職員が、リボンを手に取った瞬間、その手に力いっぱい噛み付いたのだと言う。
「おかげで、すごい傷が残りましてね。」
その他にも、他の子に殴りかかる、物を壊すといった行動が多々見られると言う。
職員は、私がミミカを欲しがる理由がわからない、といった様で首をすくめた。
「あの。それで、あの子は、ミミカと言うんですね。」
「そうです、何にも喋らない子が、名前だけ『ミミカ』とはっきり名乗りましたから。」
私は、嬉しさと緊張のあまり膝の上で握りしめた両掌に汗が噴き出すのを感じた。
「歳は・・・?」
「たぶん、2、3歳くらいでしょうね。ほとんど喋りませんし、身体も痩せています。家庭も分からない。本当の年齢は知りようがありませんが。」
職員は、そこまで喋ると、ミミカについての薄っぺらな資料をボールペンでコツコツと叩いた。
私は、ミミカの里親になるため、この数ヶ月間、安定した職を探して来ていた。幸い、調理師免許を持っていたため、町の小学校で雇ってもらえた。
「渡部さん、この町へは結婚でお引越しされてきたんでしたよね?」
「はい。」
「渡部さんの、お勤めの小学校にうちの姪っ子も通っていましてね。美味しい給食をお願いしますね。」
私は、その一言で、自分が受け入れられていることを感じた。
こんな小さな町では、事務的な手続きより、人の気持ち一つで、物事が動いていくものだ。
そして、様々な煩雑な手続きの後、ミミカは、私の子どもになった。
「渡部美々花」と言う名前を持って、家にやってきた。
戸籍だけ入れた男は、またお金を払い、ミミカ引き受けの時の面接にだけ来てもらった。その後、男に離婚届のサインをもらい、10万円手渡した。1年後に離婚届を提出することになっている。
そして、それっきりだ。
美々花は、2歳という事だったが、一緒に暮らしてみると、もっと年齢は、上のように思われた。
それが、過酷な環境によって培われた賢さなのか、年齢によるものなのか、子育て経験のない私には、判断できなかった。
ただ、美々花の私を信頼しきっている様子に、私は心が奪われていた。時々、美々花は、手におえないほど激しく夜泣きをすることがあったが、その様子でさえも、私から、子育ての喜びを奪うことはなかった。



私が、臨月に入った頃から、母は体調を崩し始めていた。顔色も悪くなっていた。病院への受診をすすめる私の言葉を聞き入れようともせず、ただ、赤ん坊の誕生だけを楽しみにしているようだった。
母は、私のお腹の赤ちゃんの、性別は頑固に聞こうとしなかった。
「どちらでも良いのよ、赤ちゃんは神さまからの贈り物なんだから。」
そう言っては、遠くを見つめてた。
その目線の先には、紅葉し始めた木々があった。もうすぐ、母が嫌いな11月がやってくる。
そうして、11月に入ってすぐ、私は赤ん坊を産んだ。
陣痛の間、母は私の手を握り続け、痛みを訴える私より、取り乱していた。
そして、赤ん坊が生まれた瞬間、母は私の耳元で
「神さま、ありがとう。」
と、小さく呟いた。
母は、きっと祈り続けていたんだろう。
自分の罪を、命をもって償うことをこの頃から、意識していたにちがいない。
父親のいない私と、父親のいない私の赤ん坊。
私は、母にしっかりと守られていたから、それを冗談のように気楽に口に出せた。
そして、「美鈴」と名づけられた、私の赤ん坊が、はじめての夏を迎える頃、母は、癌に倒れた。
もう手遅れだった。癌の転移は全身の及んでいた。
母は、我慢強い病人だった。ただ、美鈴に会えなくなることが寂しいらしく、病室へ写真を何枚も飾っていた。
「おばあちゃん、って呼ばれたかったね。」
「早く元気になってよ。」
「美々花、そんな気休め言うのやめてよ、お母さんは、充分幸せだったから。もう良いのよ。」
「お母さん、私を置いていくつもり。」
「美々花、あんたはもう、お母さんがいなくなっても、一人じゃないでしょう。美鈴がいるでしょう?」
泣き言を言う私を、母は病床から叱り付けた。
「お母さんに、もし、少しでも幸せが残ってるなら、あんたと美鈴にあげるから。」
母は、そういうと、ゆっくりと顔を窓に向けた。
「・・・これから、あの世に行って、お母さんは、神さまに謝らなくちゃいけないの。」

母は、何故、こんな話を私に残して逝ってしまったのだろう。
私の手元には、私の記憶にない住所を書き記したノートがある。
その住所のそばに、「美々花」という名前になる前の、小さな私がすんでいたのだ。腿から、膝にかけて、今でもうっすらと、丸い小さな火傷の痕が残っている。
私は、母の葬儀をひっそりと終わらせ、美鈴と二人で何とか暮らしていた。
母が、この町で築いてくれ人付き合いは、未婚の母の私にも優しかった。
私は大学を卒業し、町の小さな会計事務所に勤めた。
そして、美鈴が二度目の夏を迎える頃、黄ばんだノートに書かれた住所を訪れた。

高速道路だけが目立ち、ごみごみと小さな建物が立ち並ぶ。そういう町だった。駅のそばの繁華街だけが、やけに賑やかで、ギラギラするネオンがそこここに瞬いていた。
小さな私が、泣きながら歩いていた道は、本当にここだろうか?
住所は確かに、この町を指していた。
でも、そこには、20数年前にいなくなった小さな女の子の痕跡は残っていなかった。
美鈴が、不安そうに私の手をぎゅっと握りしめた。
強い風が、ざっと吹き抜け、私と美鈴の顔を撫ぜ、紙くずを吹き散らした。
電信柱には、迷い猫をさがすチラシが色あせて、破けたまま、残されていた。

でも、この町には、私を探す人は誰もいない。
「帰ろう、美鈴。」
「ママ、アイスクリーム食べたい。」
「そうだね、帰りの電車の中で買ってあげようね。」
私の帰る家は、母の眠るあの海辺の小さな町だけだ。
(お母さん。お母さんは、やっぱりお母さん、あなたしかいないのです。)
かすかに、膝の古い火傷の痕が痛んだように感じた。


end

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