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創作掌編小説・童話

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嫉妬

自分で、あ、と思ったときには、レイのグラスの中身はそっくり、隣のサカシタ君の頭にかかっていた。
レイの隣で、サカシタ君はあごの下までビールを滴らせて凍りついていた。
「・・・ご、ごめんなさい・・・。」
「・・・またですか。」
そう答えると、サカシタ君はフリーズから解けて、手馴れた手つきでバッグから、厚手のタオルを取り出して、顔やら頭やらをごしごし拭いた。
サカシタ君同様に、フリーズしていた店の他のお客が、ほっとしたようにまたざわめきはじめた。

「ヤマモトさん、いいですか、いい加減にして下さいよ。今日はこんなに暑いから、凍死しませんけど!」
サカシタ君の語尾に怒りがにじんだ感じがした。
「この間は、お湯割りぶっかけてくれましたよね?その前は・・・。」
「あ、お鍋用のポン酢。」
「覚えてるくらい正気なら、酒やらなんやらを僕にぶっかけるのやめて下さいよっ!」
「・・・いや、酔ってるから・・・。本当にごめん。」

サカシタ君は人間ができてるなぁ、とレイは思う。
酔っ払ったと「自称」するレイに何度も「お酒やらなんやら」を頭からぶっ掛けられても、何度でもお酒に付き合ってくれる。
本当は、私は酔ってなんかいない、とレイは思う。
酔っていたら、自分でもなんだか分からない気持ちなんて、感じないか、泣き上戸になるかどっちかだ、と思う。

サカシタ君は、7歳年下のヘッドハンティングされてきた出世頭、だと、今の会社勤続15年のレイは思っている。
サカシタ君はよくしゃべる。お酒が入るとますますしゃべる。
会社の今後から、自分の将来の理想の家庭像まで。
彼の言葉で語られる、彼自身の未来は、希望と夢に満ち溢れ光り輝いている。
そんな時、サカシタ君は隣のレイに話しかけているのではなく、将来の自分に話し掛けている。
レイとサカシタ君は、たまたま帰り道が一緒の酒好き、と言う共通点しかなく、恋人同士でもなんでもない。友人ですらないかもしれない。
サカシタ君は、光り輝く将来有望な自分の話を頷いて聞いてくれるレイの存在が心地よくて、自分は暗い部屋に孤独な気持ちで帰るのをひきのばしているだけなんだ、とレイは思う。

だから。
今度は本当に酔ってきた頭で考える。サカシタ君は「人間が出来ている」んじゃなくて、「私を人間だと思っていない」んじゃないだろうか・・・?
その証拠に、彼はまた、会社での自分の明るい将来性について語っている。
「私には、そんな将来なんてないのに。」
レイは小さく呟く。サカシタ君からの返事はない。
勤続15年。ただの伝票処理しかしないただの会社員。結婚にだってもう光り輝くような夢を語れない年齢になった。
そう思ったとき、咽喉にせりあがってくる焼けつくような痛みを感じた。
レイは、自分の空のグラスになみなみとビールを満たした。
「お、呑みますねぇ。それでね、オレの理想とする・・・。」
レイはゆっくりグラスを傾けると、彼の頭にじょろじょろとビールを注いだ。
色白の彼の顔にビールの小さな滝がかかった。
「ヤマモトさんっ!いい加減にっ!!」
「いい加減にするのはそっちでしょう?」
レイは自分の財布から1万円札を引き抜くと彼に突き出した。
「お釣りはいらない。」

帰りのバスの座席で揺られながら、レイは、あの咽喉にせりあがってきた焼けつくような痛みの正体を判じていた。
あれは、嫉妬だ。
光り輝く未来を信じられる、サカシタ君、彼の年齢への嫉妬。

窓の外の闇がますますその暗さを増したように、今、レイは感じている。



END

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洸

Author:洸
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◆Date:2007年05月
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