FC2ブログ

詩・的・散・文

創作掌編小説・童話

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

箒を持って落ち葉をはいて

 「おはようございます。」
私は、なるべく身体を小さくして、事務所に入っていった。
スーツの上着を自分の椅子の背にかけると、部屋の隅のロッカーから、竹箒を取り出し、そそくさとドアを閉めた。

 事務所の前には、大きな桜の木が何本もかたまって植えられている。春になったら、さぞ見事なことだろう。
でも、花のない季節の今は、山のような落ち葉がきりもなく落ちてくる厄介な存在だ。
 下を向き、凸凹したアスファルトの地面を熱心に掃くふりをしていた。扱いなれない竹箒のちびて歪んだ穂先は、アスファルトの表面をいたずらに引っかくばかりで、凹みに張り付いた湿った落ち葉を取ることは中々できない。じれったくなり、かがみ込み、泥と露で汚れた落ち葉を手で摘み上げ、その手をスラックスで拭いた。
 朝の掃除が終わり、自分の机に戻って、パソコンに電源を入れた。
「タカダさん、手、洗った?」
「あ、いえ。」
「さっき、葉っぱを手で触ったでしょ?洗ったほうがいいよ。」
 隣に机を並べている事務のおばさんが、老眼鏡を鼻までずり下げながら、上目遣いに私を見た。
私より年上のおばさん、半白で艶のない髪にきつくパーマをかけている。
 言われた通り、洗面所で手を洗いながら、目の前の鏡に映った自分の顔をしみじみ見た。
 49歳。妻と、成人して家を出た息子が一人。半年前まで、Mマーケティングの営業部長、出世頭だった私の顔。
 目の下の涙袋が重くたるみ、口の端が今にも泣き出しそうに「への字」にひしゃげている。
 事務所に戻ると、狭い室内に煙草の煙が充満し、むっとする臭いが鼻についた。
 社長の机を含めて、4つの机が座る人が顔を寄せ合う様な形で配置されている。
  Mマーケティング営業部とは雲泥の差だ。どうして、あの会社を辞めることになってしまったんだろうか。
 あの神経がピリピリするような緊張し整然とした空気から、いつ、私は弾き出されてしまったのか。
「今まで、私はこんな世界とは無縁だったんだ。」
 そう小さく呟くと、パソコンの画面がぼやっと滲んだ。
 この会社には定時なんてものは、有名無実で守られた試しがない。今日も、仕事が終わるとすっかり日が暮れ、冷たい風が吹いていた。どこからか、煮物の匂いが漂ってくる。
「腹、へったな。」
 朝、私が掃いた地面は無数の落ち葉で埋め尽くされていた。

 家に帰ると、リビングのテーブルの上におでんの入った皿が置いてあった。まだ、かすかに皿にぬくもりが残っている。
 人のいない家は、ぞっとするほど冷え込む。
 私はマフラーを巻いたまま、冷めかかっているおでんの汁をすすりこんだ。
 夜中に吹きすさぶ木枯らしを布団の中で、聞くともなしに聞いていた。そうしているうちに、玄関のドアがガチャリ、と開く音が聞こえた。
 私は、大きな寝返りを打つと、寝室のドアに背を向けた。もう、妻の顔を1ヶ月見ていない。

 翌日は快晴だった。
 白い息を吐いて、スーツの衿をかき寄せる。仕立てのいいオーダーのスーツだ。あの小さな事務所には、誰もスーツなんて着てこないのだ。だけど、私は就職して3ヶ月の間、スーツを着て出勤し続けている。
 事務所の前は、落ち葉の山だった。昨日より多い。
これを私一人で、掃除するのかと思うと、途方もなく悲しい気分になる。
 事務所の中は、無秩序の忙しさで満ちていた。誰も、私が出勤したことに気づかないように見えた。私は、いつもの通り、挨拶もそこそこに、箒を持って外に出た。
ザザッザザッザザッ。
 竹箒の先が、地面を規則正しくなぜる。今日の落ち葉は乾いていて、あっという間に、紅葉した桜の葉の山が出来た。
でも、やはり凸凹の地面には湿った落ち葉が残っている。
そっと事務所を振り向くと、おばさんが電話で何事かがなりたてているのが見えた。
 私はギクシャクと膝を折ると、また地面に張り付いた落ち葉を手で拾った。湿った茶色の葉の柄を持つと、べたりと指に張り付いた。
 その日、事務所は発注のトラブルとかで、てんやわんやだった。就職して間もない私一人だけは、その騒ぎの蚊帳の外だ。
「タカダさん、これ青焼きに行ってきて。場所わかるよね。」
その日の午後遅くのことだった。有無を言わさぬ口調で、おばさんが上目遣いに私を見た。バサッと丸まった大きな製図用紙が私の机の上に投げ出された。
「・・・。」
返事の代わりに、私は大きな音を立てて椅子を引くと、上着も着ないで、製図用紙を掴み、事務所のドアを後ろ手にパチンと閉めた。
 駅近くのビルのコピー屋はすぐわかり、青焼きはあっという間に終わった。他にも会社の使い走りがいるらしく、制服姿の女性が何人かでコピー機を取り囲み、笑いさざめいる。楽しそうに。とても楽しそうに・・・。
「・・・もう嫌だ」
それは思いのほか大きな声になった。
 私の隣でおしゃべりに興じていた制服の女性達が一度に振り向いたほどだ。私は、その視線を背中に痛いほど感じながら、コピー屋から走り出た。3階のコピー屋の脇の階段を駆け上った。このビルはこの街で一番高い。屋上はすぐそこだ。
 夕暮れが始まった空を睨んで、屋上の手すりに足をかけた。
そのとたん、遠い地面がくらりと揺らぎ、強い風にあおられた身体に痛いほどの寒さが襲ってきた。思わず、鼻をすすり上げ、指先で鼻水をぬぐった。何だろう?指先から懐かしい香りがした。
「枯葉の匂いだ。」
 私は、今度は寒さのせいではない鼻水をすすり上げ、咽喉の奥からこみ上げる固いものを飲み下そうとしていた。
 そして、手すりに背を向けると、ずずずとその場に座り込んだ。
 屋上の入り口に、モコモコにコートを着込んだ姿が見えたのは、それからしばらくしてだった。その人影は、オレンジ色の夕日を浴びて、だらしなく座り込んでいる私に、小走りに駆け寄ってきた。
「・・・何してんの。」
事務のおばさんだった。ちりちりパーマの髪が強い風に吹かれて乱れ、余計につやを失っていた。
 おばさんは、すっとしゃがみこむと、へたり込んでいる私の手に熱いコーヒーの缶を握らせた。そして話し始めた。
「 ・・・。このビルはさ、この辺で一番高いじゃない?それで、道路挟んだ向こう側は、公園でしょ。
 ・・・ここから飛び降りると、あの公園の木の中に飛び込める気がしたんじゃないだろうね。」
 私は、口を開く気力もなく、ただおばさんの横顔を見ていた。
「そう言って、飛び降りようとしたバカが前にもいたんだよ。」
「・・・私は、やっぱりバカですか・・・。」
「コピー屋に大事な仕事を放り出して、走って出て行くのはバカのすることじゃないのかな?」
「・・・私には・・・。私には居場所がない。」
「人間がただ飛び降りても、放物線を描いて落ちないからね。下の道路に真っ逆さまなんだよ。
あんな道路があんたの居場所なんだろうかね。」
「おばさん、放物線なんて言葉知っているんですか?」
私は思わず尋ねてしまった。
おばさんの口から出た「放物線」と言う言葉が、いつも事務所で見るがさつなイメージとはそぐわない理知的な単語に聞こえた。
「人には、色んな過去があるものだろう?あんたと同じように。」
おばさんは、薄ら笑いを浮かべて私の目をじっと見た。
「アタシは、高校の物理の教師だったんだよ。」
「あの公園の木の中に飛び降りると言った生徒を捕まえたのは、30年前のアタシだよ。
今日ここで、あんたを捕まえ損なったら、きっと後悔しただろうね。」
「生徒さんでしたか。」
「今は、毎日その生徒にこき使われてるんだよ。」
夕暮れがますます色濃くなり、おばさんの横顔が陰になった。すっきりと高い鼻梁がくっきりと浮かび上がった。
「あ・・・。社長のこと・・・。」
「一時の気の迷い、って言うんだろうね。」
おばさんの顔は、夕闇で暗くなりもう表情は見えなかった。
「さぁ、奥さんのところへ帰ってあげないと。
待ってくれる人がいるうちは、やり直しがきくんだから。
奥さん、泣いてたよ。」
「おばさんは、あ、いや。シンドウさん、なんで教師を辞めたんですか?」
おばさんは、夕闇の中で、ふん、と大きく鼻を鳴らすと
「もうね、嫌になったからだよ。
・・・でも、今はあのまま教壇に立っていたかったとも思うんだ。・・・あの頃は、くたびれちゃったんだね・・・。
そうそう、今日、コピー屋から電話があった時、あんたを探してくれ、って言ったのは社長だよ。」
「コピー屋さんから・・・?」
「あれも、私の生徒なんだよ。」
シンドウさんは、にやっと笑った。
「アタシは来年の春、定年退職なんだよ。あとは、あそこでは、アンタ次第。頼りにしてんだよ。」
目からあふれそうな涙を見られたくなくて、私は冷え切ってしまった缶コーヒーを一気に咽喉に流し込んだ。げほげほとむせる私の背中を、容赦なくバンバン叩きながら、シンドウさんはゲラゲラ笑った。
誰かに見守られていることは暖かい。それがどんな場所であっても、私の居場所だ。

 事務所に戻り、社長に頭を下げると、にかっと笑った社長は、手をヒラヒラさせて言った。
「 早く帰れよ、タカダさん。奥さん家でまってるってさ。心配してたから。
また、明日からよろしく頼みますね。」
 家路についた私の手には、小さな花束と箒が握られている。家の前に着くと、家のどの窓も明るく輝いている。
 ここも、私の場所だ。
 今日、妻にこの花束を渡し、明日から、この箒で私は家の前の落ち葉を掃く。
 毎朝、落ち葉がなくなる季節になっても、私は箒を持って、落としてしまった何かを、掃き集めるだろう。
 何度でも繰り返し、繰り返し。

**終**
スポンサーサイト

« 肌|Top|オニオングラタンスープの湯気 »

コメント

こんな応募サイトもありますよ

あやしいサイトではない(笑)。

http://koubo.kitayu.com/
みっけたよ♪

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

Top

HOME

洸

Author:洸
Copyright(C) 2006 洸. Allrights reserved.

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。