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創作掌編小説・童話

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お酒の匂いがする彼の唇が近づいて来て、私は目を閉じた。
もう、こうなることはわかっていたはずなのだ。
お互いにもういい年で、性愛におぼれるような情熱は持っていない。
でも、つかず離れずの距離と、きわどい冗談を軽く受け流すのを二人とも楽しんでいたはずだった。
お互いの目の中の意思を探りながら。
彼の唇は、思っていたよりあっけなく、私の唇から離れていった。
ここは、始まりじゃない、これで、終幕は引かれたのだ。

彼は、熱のこもった眼差しで私に、かすれ声でささやいた。
「今日は、どこかでゆっくりしていこう。ずっと好きだったんだ。」
私は、馴れ馴れしく腰に回された、彼の手を振り解きながら、静かに口を開いた。
「お互いに、家で家族が待っているでしょう。」
彼は、返す言葉もないように、目を見開いて私を見つめ返した。
私は、彼に恋したわけではないのだ。
私に恋していく彼の姿に、恋をしていた。まるで映画のシーンをたどるように。
彼の表情の中に映し出される、私自身の姿が好きだったのだ。
皺のいった女の肌を、きめ細やかな柔らかい肌に見せる、薄暗いライトの店を選び、少女のような恥じらいと、娼婦のような大胆さを演じて見せた。

今、私が立っているのは、繁華街の外れの街灯の下だ。青白い蛍光灯の明かりが、真上から私の顔を照らしている。
きっと私の目の下には、黒々とクマが浮かび、奥二重の目元を重たく見せているだろう。口もとの両側には、くっきりと皺が刻まれているだろう。頬に入れたピンクのチークも蛍光灯の明かりに飲まれ、何の用もなしていないはずだ。
そしてこれが、本当の私の姿なのだ。

彼は何もいわずに、私に背中を向けて、何事が呟いた。
私は、彼の背中をぐいっと押すと、そのまま反対方向に駆け出した。
繁華街の雑踏の中に紛れ込み、私はやっと息を吐いた。
もれてくる嗚咽を押さえる手を離し、瞬くネオンの中でまじまじと見つめた。
深く皺の刻まれた手には、ひとかけらの若さもみつけられない。

立ち尽くす私の横を、男にしなだれかかりながら長い髪の女が歩いていく。
彼女はいったいいくつなのだろう。
二十歳?いいえ、もっといっているかもしれない。
でも、男の手に包み込まれたあの掌には、私のような皺は刻まれていないのだろう。
私は、自分の唇に塗られたピンクの口紅をぐいっと、乱暴な仕草でぬぐった。
そして、バッグの中からコンパクトを取り出し、覗き込んだ。私を見返しているのは、色をなくし疲れきった、若くはない女の顔だった。

彼は、こんな私に恋をしたのだろうか。
私は、彼にどんな幻影を見せていたのだろう。
色をなくした私のまま、もう一度彼に逢ってみたい、そんな衝動に駆られ、後ろを振り返った。
私の後ろには、巨大なビルが立ち並び、その合い間を縫って歩いていく人々が、蟻のように小さく見える。
後ろの大きな交差点の青信号が点滅し始めた。
これを渡れば、まだ彼に追いつけるかもしれない。
でも、アルコールの入った私の足はもつれて、もう言うことをきかなかった。

私は、彼に伝えたように、家に帰るしかないのだ。
家には、私の肌を気にする人はいないのだから。



END







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コメント

一番好きかも

「色をなくした私」という語が強烈に印象に残りました。
「色」にこだわった描写がもっとあってもよかったかな?
この、説明を省いた短時間の切り取り感が好きです。

やっと読めた

ずっと携帯からばかりだったので読めないでいました(^^;

「私に恋していく彼の姿に、恋をしていた」というフレーズになるほど。
思い当たるふしがあるというか、そうなると本当の恋ってあんまりないんじゃないかな、と思ったり。

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洸

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