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創作掌編小説・童話

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涙が止まらない

むっと煙草の臭いがこもる店の扉を開けた。
小さな路地にある、小さなスナック。10人も人が入れば一杯になるような店。

ママはまだきていない。
私は、厨房ののゴミの袋を担いで、裏口にでた。
後ろの店とは、歪んだコンクリートの塀で区切られ、人一人がやっと通れるほどの狭さだ。
そこの片隅に、ゴミの袋を積み上げる。
まだ、陽が高く、薄汚れた裏口の隅々まで光りが届いている。ママが几帳面で、きれいに掃除は行き届いているが、やはりゴミとカビの臭いが充満している。
私は、何度かそこで深呼吸をした。
肺の奥底まで、汚れたカビの臭いを吸い込んだ。
(こうやっていれば病気になるかもしれない。)
ひどく非科学的なことを考えながら。

私には、行き場がない。帰れる場所がない。
この店には、年齢も出身地も嘘ばかり言って雇ってもらった。たぶん、ママも承知なんだろう。
若く見える、39歳。本当は、まだ30歳だけれど。
歳をとれば、早くこの世からいなくなれる、そんな期待を込めて嘘をついている。
厨房で、昨日の残りのグラスを洗っていると、ママが出勤していた。
皺だらけの目もとのキラキラ光るアイシャドーが不気味だ。でも、私は、そんなそぶりは見せないで、笑顔で挨拶をする。
その日も、常連のオヤジと、近所の風俗の店を引けたオネーチャンで込み合った。夜中の2時を回っても、満員だった。
ママの不気味な化粧も、こうなると貫禄がついて見える。
朝方の4時を過ぎ、ママの迎えの若いオニーチャンがやって来て、やっと店が終わった。
私は、箒を片手に期限の切れたキープボトルを取り出す。縁の欠けたグラスにウイスキーを並々と注ぎ、半分くらいを一気に飲み干す。胃がカッと熱く焼けて、酒くさいため息を深くつく。
カウンターの上に、椅子をあげていると、照明の届かない隅に、ハンカチが落ちていた。
拾い上げると、こんな店には似合わない、キティちゃんの小さなハンカチだった。
私は、心臓を何かにぎゅっと捕まれたように感じ、自分の手の中の小さな布きれを凝視した。
頬を、滂沱の涙が伝っていく。
私は、箒に寄りかかるように、崩れ落ちて、泣き続けた。
(まだ、私に会いにきてくれる。)

キティちゃんとピンクが大好きな、小さな女の子が、昔、私の腕の中で笑っていた。
もう、会うことはないし、もう小さな女の子ではなくなっている。
そして、きっと私を恨んでいる。
私は、もう、あなたにお母さんとは呼んでもらえないだろう。

17歳で、未婚の母になり、その子を3歳で施設に預けて、それっきりだ。
その頃、一緒に住んでいた男もすぐにいなくなった。
3歳で、親権を放棄したので、私の小さな女の子は里子にもらわれていったらしい。

そして、私はこうやって、時々涙を流すのだ。
あの時のことを思い出して。
母親に愛されなかったことだけを、私の小さな女の子は、私の記憶として残しているのだろう。
私は、小さな手が掴んでいた、キティちゃんのハンカチを思い出して今頃になって、泣いている。
このハンカチの落し主が、まるで自分の産んだ子のように思えて仕方がない。

私は、その日の昼過ぎにいつものように出勤する。泣きはらしたまぶたが重い。
私は、ゴミの袋の上に、ぽつんと置いてある、キティちゃんのハンカチを見ないようにした。
このハンカチの落とし主は、あの甘ったるい声を出す、風俗店のオネーチャンのものだろう。
私の小さな女の子のものじゃ、ない。
そんなのは、分かりきっていることだ。

ゴミ袋を担いで、裏口に出ると、ひやっと風が冷たく感じられた。10月も終わりになると、昼過ぎから空気が冷えてくる。
ゴミもそれほど臭わない。
私を病気にしてくれるものがなくなったようで、少し寂しい。
私は、いつもより深く深呼吸をした。閉じたまぶたに、陽の光が眩しく感じる。
上を向いたまま、目をあけると、四角く切り取られた空が、真っ青だった。深みも何にもない、ただの絵の具の青。子どものいたずら書きのような。
陽の光りが眩しいせいか、また私の眼から涙が零れ出す。

もう、私はここにはいられない。あの小さな女の子の面影を思い出しては、生きていけない。

私は、薄暗い店の中に戻ると、ためらいもなく、カギのかかっていない小さな金庫を開けた。
一万円札と千円札だけを、あるだけポケットに、ぐしゃりと、押し込んだ。
そして、後ろも見ないで店から出て行った。
もう、ここには戻ってこない。
だれも、私を知らないのだから。

一番近いターミナル駅から、一番最初にでる特急に乗り込んだ。ポケットの中の札を数えると、20万と少しあった。
あの時、これだけのお金があったら、私は小さな女の子を手放さずにすんだだろうか?
ポケットの中でしわくちゃになった札を、握りしめて、私はまたしゃくりあげた。
私は、これからどこへ行くんだろう。
特急電車の行き先は、有名な温泉地だ。
私は、そこでもこうやって泣きながら、生きていく。
電車のはめ殺しのガラス窓の向こうの空は、もう青くない。いつの間にか鈍色の雲で覆われている。
私は、今度いくつだと名乗ろうか?
(70歳。)
そう思いついて、小さな苦笑いをかみ殺した。
私の頬の涙は、まだ乾いていないというのに。


end
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コメント

芸風変化?

前回あたりから、少しつくりが変わった感じかな?
主人公に近いところで書いているというか。
以前のような、外部からの劇的な変化は起こらず、同じ暗めのトーンをさらに濃くする変化を自ら起こす方を選ぶ、そんな主人公になっている気がします。
心境の変化か?(笑)

コメントありがとう!

玖美ちゃん
秋だからねぇ(笑)
その上、最近病弱だからねぇ(大笑)
推敲をほとんどせずにUPしているので、小さな心境の変化を物語にしてるというか。
暗いものを書きたい心境と年齢なのかしらんww

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