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創作掌編小説・童話

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蜜柑色の夕焼け(仮題)

私の小さな車の、後部座席から、すやすやと小さな寝息が聞こえる。
私が、そっと車を運転しているのは、その寝息の主のせいだ。
涙と鼻水で汚れた幼い顔が、長い睫毛を伏せて眠っているからだ。
街は、一日降り続いた雨がようやく上がり、西の空が、重い灰色の雲の間だけ、蜜柑色に染まっている。
(きっと明日は晴れる。)
私は、自分の犯した罪の重さを、西の空の晴れ間にあずけ、軽く笑みをもらした。
この子はいったいいくつなんだろう?
2歳か、3歳か?
もしかしたら、まだ、2歳にもなっていないのかもしれない。
雨の降る、寒い11月の空の下、裸足で外を泣きながら歩いて子ども。
きっと、子どものできない私に神様が、下さったのだ。
木の股から生まれる人間はいないのに、私は、無理にでも、そう自分に信じ込ませようとした。

西の空の蜜柑色は、ますます濃さを増し、明日の晴天が間違いなく思えた。
私は、高速道路に乗ると、その西の空を目がけて、アクセルを踏んだ。

その子が目を覚ましたのは、二回目のパーキングエリアで休憩をとった時だった。
ずしりと重い眠った子どもの身体を胸に受け止めて、しっかりと両腕で包み込んでベンチに座り込んだ。
「・・・ママ。」
子どもは、半分眠った瞳で、私を見つめるとそう呟いた。
「ママよ、どうしたの?お腹、すいたね?」
子どもは、うんと首をかしげて、返事をした。
この子は、私を本当にママだと思っているのだろうか?自分の母親でないことがわからないのだろうか?
私は、首をめぐらせて、周りに人がいないことを確かめた。声をひそめて、子どもに尋ねた。
「お名前は?」
「・・・・。」
「ねぇ、あなたのお名前は?」
子どもは、じっと私の顔を見つめるだけで、答えようとしない。その瞳には驚くほど表情がなかった。ぼさぼさの髪が、鼻水で頬に張り付き、ぱりぱりに乾いていた。
「・・・。じゃぁ、名前をプレゼントしてあげるね。」
「・・・。そうだ、ミミカちゃんはどう?かわいいね、ぴったりよ。」
子どもは、かわいいと言う言葉を聞くと、パッと瞳を輝かせて大きな声で
「うん。」
と答えた。



私の名前は、渡部美々花だ。今年、大学を卒業した。
給食の調理師をする母と二人で暮らしてきた。
その母は、先日、癌で亡くなった。
その母が、断続的に襲う痛みの合い間に語ってくれた、私と母の物語だ。
私は、児童養護施設で、2歳の数ヶ月をすごし、母のもとにもらわれてきたらしい。
私を産んだ女性がどんな人なのかも、ほかに家族がいたのかも分からない。
ただ、母と私は、特別養子縁組で結ばれ、戸籍上は本当の親子という事になっている。私の戸籍には、父親の名前が記載されいるが、私はその人に会ったこともないし、母からその人物のことを聞いたこともない。
海に程近い、小さいけれどにぎやかな観光の町で、私と母は、ずっと二人で暮らしてきた。母は、近くの小学校の給食室で働き、私を養ってくれた。
私は、つい最近まで、私が、母にもらわれてきた子どもだという事を知らずにいた。
母は、明るい性格のおしゃべりな女性で、友人も多く、私は寂しさと言うものを知らずに育った。
その母が、晩秋の雨の日をひどく嫌うのだけを、不思議に思っていた。
暗い思いつめた眼差しで、私のことをじっと見つめていることが何度もあった。真夜中に母の布団の中から、こらえきれないような嗚咽が聞こえてきたことも、2度や3度ではない。
きっと、母は、小さかった私をどこからか連れてきてしまったことを、深く後悔し、自分を責め続けていたのだろう。



ミミカは、パーキングエリアで運ばれてきた、暖かいうどんを、痛ましいほどの熱心さですすりこんだ。細い小さな腕で、熱い丼を抱え込み、時折むせこみながら、一気に食べ終わった。
最初、熱いうどんを食べにくそうにしているのを、冷ましてあげようと、手を出すと、あたりがびっくりするような大声で
「ダメッ」
と叫んだ。
この現代の世の中に、こんなに必死に自分の食べ物を守ろうとするほど、飢えている子がいるなんて。
私は、胸を打つような痛々しさと同時に、この子の育っていた環境を思って、心が沈んだ。
そして、決心した。
この子を、ミミカをどんなことがあっても、自分の子にしようと。
よく見ると、ミミカの泥で汚れた手足には、無数のあざと傷があった。古くなって、黄ばんできたあざ、まだ新しいような、赤紫色のあざ。薄い布地の半ズボンから出ている、膝のあたりにいくつか見えるのは、丸い1cmほどの傷は、火傷のあとではないだろうか?まるで、煙草の火を押し付けた痕のようだ。
私は、食べ終わって、うつむいたままのミミカの手を、そっととると、声をかけた。
「さぁ、ママと一緒に行こうか。」
ミミカは、上目遣いに私をうかがった。
私が、握った手に力をいれ、笑顔をさらに大きくすると、やっと、また私を見て、にっこりと笑ってくれた。
私は、ミミカをまた後部座席に座らせ、いつも積んである大きなひざ掛けで、すっぽり包み込むと、車を発進させた。
そして、血が出るほど下唇をぎゅっとかみしめた。自分の犯そうとしている、さらなる罪の大きさに負けないように、私は、アクセルを踏み続けた。

それから、私のしたことは、本当の犯罪だった。
あの時、必死で自分の食事を守ろうとした、小さな子どもを自分のものにしたくて、罪を重ねていった。
1週間、私とミミカは、車の中で寝泊りした。
そして、児童養護施設の前に、ミミカを置き去りにした。
絶対に迎えにくるから、ここでご飯を食べさせてもらいなさいと、よく言い聞かせた。
その時の、ミミカの凍りついたような眼差しを私は、忘れることが出来ない。
インターネットで、私は、自分と戸籍上だけ夫婦になってくれる男を探し、そして、大金を支払った。
数ヶ月後、私は、その地域の児童養護施設を探し回り、置き去りにしたミミカを探し出した。
施設で、ミミカは厄介者になっていた。粗暴で、誰とも口をきこうとしない2歳の女の子。(施設でミミカは2歳という事になっていた。)
私にとっても、賭けだった。もし、この子の親が、捜索願を出していたら、ミミカは、私の元にはやってこないのだから。
ミミカは、何ヶ月たっても、誰からも探されず、児童養護施設で生活していた。
私は、子どもが出来ない夫婦が里子を探しているという事で、ミミカと再び、会うことが出来た。
ミミカは、ホールのような広い部屋のすみに座り込み、自分の周りに、ブロックで囲いを作っていた。時折誰かが近づくと、あのびっくりするような大きな声で、
「ダメッ」
と叫んだ。
そして、ホールの入り口に立ち尽くす私を認めた。でも、その瞳は凍りついたままで、どんな感情も読み取れない。
でも、私には、分かった。ミミカが、ずっと私を待っていたことが。
だって、その手には、あの日私が、髪に結んだピンクのリボンがしっかりと握られていた。
そのリボンは、私が待たせた時間のぶんだけ、手垢で薄汚れていたけれども。



母が亡くなる1年前に、私は出産していた。
妊娠がわかった時、相手も、私もまだ学生で、結婚なんて考えられなかった。でも、母は中絶に猛烈に反対し、私は本気で怒る母を初めて見た。
「美々花、子どもを産みなさい。だって、その子は、あなたの子どもになりたいと思って、あなたのお腹にいるのよ。」
私は、母の圧倒的な怒りに気圧され、未婚のまま母親になった。
私の妊娠中、母は、私より幸せそうだった。
色りどりのベビー服、ベビー布団、気が早いおもちゃ。
母のそれまでの切り詰めた生活からは、想像もできないほどの買い物をしてきた。
マタニティウエアもいつも一緒に買いに行った。
私のマタニテイィウエアを、母があんまり真剣に選ぶので、私は、いつも苦笑いで見ていたけれども、今思えば、あれは、子どもを産んだことのない母の、自分への贈り物だったのかもしれない。
一番笑ってしまったのは、ある日、町の自転車屋から届いた荷物をあけた時だ。
母の留守に、大きな荷物が、「渡部美々花様」宛てで届いた。
(また、お母さん、何を買ったのかしら?)
包みを、無造作に開けると、外国製の真っ白な三輪車だった。
(まだ、生まれていもいないのに、三輪車なんて!!)
その時、私はまだ妊娠7ヶ月だったのだ。
仕事から帰った母は、玄関に置かれた、開封された真っ白な三輪車を見て、自慢そうだった。
「どう?美々花?可愛らしいでしょう?」
毎日の水仕事で、すっかり荒れ果てた節くれだった手で、母は愛しそうに、三輪車をなぜた。
そして、あきれ返っている私と眼が会うと、さすがにぷっと吹き出した。
「ちょっと早かったよねぇ。」
私は、母の目のシワに涙が光っているのを、笑いすぎだと思ったけれど、その時、母の心の中には、どんな景色が去来していたのだろう。

(続く)





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コメント

感想

なんか、フィクションとは思えないリアリティを
感じました!!
子供の表情、母親の心理!!
そして・・・
子供と親の交互の時間の経過・・・
とても面白かったです!!
かなり、ノンフィクションに近い・・・
フィクションとして・・・
読ませていただきました!!
ありがとうございました!!
続き楽しみです!!

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