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創作掌編小説・童話

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蜜柑色の夕焼け(仮題)続き

ミミカは、私が置き去りにした日、児童養護施設の前の階段で、泣きもせずに座っていたのだと言う。
施設の職員が、事務的な口調で、ミミカのことを説明してくれた。
それは、私が、ミミカを自分の子にするための、賭けを始めたその日のことだ。
身体中にある、あざと火傷は、日常的に虐待にさらされていたからだろう、と言われ、分かっていたものの、私はショックを隠し切れなかった。
「このような施設では。」
担当の職員が言った。
「あの子の持っているような、派手な個人的なリボンなんかは禁止なんですが。あの子から、あのリボンを取り上げると、破壊的な行動にでるんです。」
ミミカは、この施設にきた当初、風呂に入れようとした職員が、リボンを手に取った瞬間、その手に力いっぱい噛み付いたのだと言う。
「おかげで、すごい傷が残りましてね。」
その他にも、他の子に殴りかかる、物を壊すといった行動が多々見られると言う。
職員は、私がミミカを欲しがる理由がわからない、といった様で首をすくめた。
「あの。それで、あの子は、ミミカと言うんですね。」
「そうです、何にも喋らない子が、名前だけ『ミミカ』とはっきり名乗りましたから。」
私は、嬉しさと緊張のあまり膝の上で握りしめた両掌に汗が噴き出すのを感じた。
「歳は・・・?」
「たぶん、2、3歳くらいでしょうね。ほとんど喋りませんし、身体も痩せています。家庭も分からない。本当の年齢は知りようがありませんが。」
職員は、そこまで喋ると、ミミカについての薄っぺらな資料をボールペンでコツコツと叩いた。
私は、ミミカの里親になるため、この数ヶ月間、安定した職を探して来ていた。幸い、調理師免許を持っていたため、町の小学校で雇ってもらえた。
「渡部さん、この町へは結婚でお引越しされてきたんでしたよね?」
「はい。」
「渡部さんの、お勤めの小学校にうちの姪っ子も通っていましてね。美味しい給食をお願いしますね。」
私は、その一言で、自分が受け入れられていることを感じた。
こんな小さな町では、事務的な手続きより、人の気持ち一つで、物事が動いていくものだ。
そして、様々な煩雑な手続きの後、ミミカは、私の子どもになった。
「渡部美々花」と言う名前を持って、家にやってきた。
戸籍だけ入れた男は、またお金を払い、ミミカ引き受けの時の面接にだけ来てもらった。その後、男に離婚届のサインをもらい、10万円手渡した。1年後に離婚届を提出することになっている。
そして、それっきりだ。
美々花は、2歳という事だったが、一緒に暮らしてみると、もっと年齢は、上のように思われた。
それが、過酷な環境によって培われた賢さなのか、年齢によるものなのか、子育て経験のない私には、判断できなかった。
ただ、美々花の私を信頼しきっている様子に、私は心が奪われていた。時々、美々花は、手におえないほど激しく夜泣きをすることがあったが、その様子でさえも、私から、子育ての喜びを奪うことはなかった。



私が、臨月に入った頃から、母は体調を崩し始めていた。顔色も悪くなっていた。病院への受診をすすめる私の言葉を聞き入れようともせず、ただ、赤ん坊の誕生だけを楽しみにしているようだった。
母は、私のお腹の赤ちゃんの、性別は頑固に聞こうとしなかった。
「どちらでも良いのよ、赤ちゃんは神さまからの贈り物なんだから。」
そう言っては、遠くを見つめてた。
その目線の先には、紅葉し始めた木々があった。もうすぐ、母が嫌いな11月がやってくる。
そうして、11月に入ってすぐ、私は赤ん坊を産んだ。
陣痛の間、母は私の手を握り続け、痛みを訴える私より、取り乱していた。
そして、赤ん坊が生まれた瞬間、母は私の耳元で
「神さま、ありがとう。」
と、小さく呟いた。
母は、きっと祈り続けていたんだろう。
自分の罪を、命をもって償うことをこの頃から、意識していたにちがいない。
父親のいない私と、父親のいない私の赤ん坊。
私は、母にしっかりと守られていたから、それを冗談のように気楽に口に出せた。
そして、「美鈴」と名づけられた、私の赤ん坊が、はじめての夏を迎える頃、母は、癌に倒れた。
もう手遅れだった。癌の転移は全身の及んでいた。
母は、我慢強い病人だった。ただ、美鈴に会えなくなることが寂しいらしく、病室へ写真を何枚も飾っていた。
「おばあちゃん、って呼ばれたかったね。」
「早く元気になってよ。」
「美々花、そんな気休め言うのやめてよ、お母さんは、充分幸せだったから。もう良いのよ。」
「お母さん、私を置いていくつもり。」
「美々花、あんたはもう、お母さんがいなくなっても、一人じゃないでしょう。美鈴がいるでしょう?」
泣き言を言う私を、母は病床から叱り付けた。
「お母さんに、もし、少しでも幸せが残ってるなら、あんたと美鈴にあげるから。」
母は、そういうと、ゆっくりと顔を窓に向けた。
「・・・これから、あの世に行って、お母さんは、神さまに謝らなくちゃいけないの。」

母は、何故、こんな話を私に残して逝ってしまったのだろう。
私の手元には、私の記憶にない住所を書き記したノートがある。
その住所のそばに、「美々花」という名前になる前の、小さな私がすんでいたのだ。腿から、膝にかけて、今でもうっすらと、丸い小さな火傷の痕が残っている。
私は、母の葬儀をひっそりと終わらせ、美鈴と二人で何とか暮らしていた。
母が、この町で築いてくれ人付き合いは、未婚の母の私にも優しかった。
私は大学を卒業し、町の小さな会計事務所に勤めた。
そして、美鈴が二度目の夏を迎える頃、黄ばんだノートに書かれた住所を訪れた。

高速道路だけが目立ち、ごみごみと小さな建物が立ち並ぶ。そういう町だった。駅のそばの繁華街だけが、やけに賑やかで、ギラギラするネオンがそこここに瞬いていた。
小さな私が、泣きながら歩いていた道は、本当にここだろうか?
住所は確かに、この町を指していた。
でも、そこには、20数年前にいなくなった小さな女の子の痕跡は残っていなかった。
美鈴が、不安そうに私の手をぎゅっと握りしめた。
強い風が、ざっと吹き抜け、私と美鈴の顔を撫ぜ、紙くずを吹き散らした。
電信柱には、迷い猫をさがすチラシが色あせて、破けたまま、残されていた。

でも、この町には、私を探す人は誰もいない。
「帰ろう、美鈴。」
「ママ、アイスクリーム食べたい。」
「そうだね、帰りの電車の中で買ってあげようね。」
私の帰る家は、母の眠るあの海辺の小さな町だけだ。
(お母さん。お母さんは、やっぱりお母さん、あなたしかいないのです。)
かすかに、膝の古い火傷の痕が痛んだように感じた。


end
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コメント

珍しく脱字が多くて、「ほとばしる思いに筆がついていかない」という感じだったけど、
お母さんと娘、過去と現在、と交互に変化する視点がいい意味での混乱というか「どうなるんだろう?」という期待をつないで、
さらにお母さんの過去の描写が無駄なく娘につながっていて、
私はこれ、大好きです!

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