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創作掌編小説・童話

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復讐

父が倒れた。

13年間音信不通だった、姉から連絡があった。
私は、生まれ育った地を、半ば強制的に離れ、やっと、生活が軌道に乗ったところだった。
私は、無遅刻無欠勤で夢中で働き続けた、小さな花屋の店主に、とりあえず明日から3日間休むことを告げた。
そして、押入れの隅で埃をかぶっていたボストンバッグに、下着と簡単な着替えを詰めた。

生まれ故郷までは、新幹線で2時間。自宅までは私鉄を乗り継いで1時間。
姉の携帯電話に、途中の駅から、父の入院先を聞こうと電話をしたが、着信拒否されているようで、ぷつんと電波は途切れた。
自宅の前に立つと、玄関の明かりが浩々と瞬いたいており、他の来客が予想された。
私は、しばらく、自宅を見つめていたが、そっと人差し指でインターホンを押した。
「はい?」
姉の声だ。
「私。」
ガチャンッ。
インターホンが置かれる乱暴な音がして、それとほぼ同時に、玄関のドアが開いた。
「ミユ。入って。」
姉は、ぎゅっと縛った髪を振るようにして、顎で家の奥を示した。

自宅には、叔母と義兄がおり、缶ビールを片手に、テーブルの上の書類に顔をこするつけるようにして、ぼそぼそと会話をしていた。
二人とも、わざとのように、私に注意向けるそぶりはなかった。

「お母さんは?」
「ホーム。」
姉から、そっけない返事が返ってきた。
「え?・・・ホーム。」
「老人ホーム。」
私は、スプリングのくたびれたソファにますます沈みこむように深く座った。
「ボケちゃって。家じゃ面倒見られないの。・・・なんか文句あるの。」
姉がこっちを見ずに、言葉だけを私に投げつけた。
文句なんてあるはずもなかった。
「それで、・・・お父さんは。」
「意識不明。」
今度は、義兄が答えた。
「ミユちゃんは、遺産いらないよね。」
「・・・。は。」
義兄は、神経質そうな細面の顔を私のほうに向けたまま、そう言った。
(この人は、相変らずどこ見ているかわからないな。)
「お父さんは。」
私は、その断定的な質問に答えず、もう一度繰り返した。
「○○市民病院。」
今度は、叔父が答えた。
私は、足元に置いてあったボストンバッグをつかむと、誰にも何も言わず、自宅の玄関を出た。

外は、初夏の甘ったるい空気が流れ、電車の動く音が、ゴトンゴトンと響いてきた。
いつの間にか、青い夕暮れだった。

市民病院までは、バスで30分ほどだ。
面会時間は過ぎていたが、受付で父の名前を告げると、似合わない制服を着た、無愛想な女が病室を教えてくれた。
5階の外科病棟の一人部屋だった。
シューコッシューコッと機械音が響き、父は眠っていた。口からホースが伸び、点滴が腕に繋がれ、はだけた胸元から、カラフルなコードが見えた。
私は、意識がないにもかかわらず、眉間に深いしわを寄せたままの父の顔をじっと見つめた。
今にもむくっと起き上がり、昔のように怒鳴り始めような気がした。
何と話しかけて良いかわからず、じっと立ち尽くしていた。
(鬼も死ぬのか。)

「娘さん?」
突然、後ろから話しかけれられ、私は飛びあげるほど驚いた。
振り向くと、むくむくと健康的に太った看護師が立っていた。歳は、私と同じくらいか。だから、若くはないわけか。
「ちょっとお話いいですか?」
「はい。」
話しを聞くだけなら、時間はまだある。
父は、もう意識が戻ることはないだろう、延命治療はご家族が苦しみを望まないので、このままならあと一週間もつかどうか。
太った看護師のむくむくとした頬を見ながら、怒りがわいてきた。
姉夫婦は、あの口から腐るほどの嘘を吐き出したのだろう。愛に満ちた口調で偽善と欺瞞の言葉をまるでマシンガンのように。
「・・・私がみます。」
「は?はい。」
看護師は、にっこり笑った。
私は、姉夫婦への嫌がらせをしたいばかりに、そんな事を申して出た。

私は、後悔先に立たずだわ、とため息をつきながら、意識のない父の横に置かれた簡易ベッドに横になった。
耳障りな呼吸器の擦れるような音、どこから聞こえるピッピッピという電子音。猫のように音を殺し歩き回る看護師の足音。ざわざわと伝わってくる、人間の気配。
父は、相変らず、眉間にしわを寄せたまま口からホースを突き出している。
何もかもが、気にらなかった。
(なんで、目を閉じてるのよ。)
こっそりと持ち込んだワンカップの日本酒を一気にあおって、いつもの睡眠薬を飲んで眠った。夢も見ずに。

締め切った淡いグリーンのカーテンの隙間から、やけに明るい朝日がさして目が覚めた。
父の昨夜と変わらぬ表情が、カーテンの緑色の染まってまるで死人のようだ。
私は、べとつく口をゆすぎに洗面所に向かった。
もう、大部屋では食事が始まっており、ゾンビのようにゆっくりとした動きで、スプーンを口に運んでいる老人が見えた。その隣では、下半身むき出しの老人がオムツを変えてもらっていた。看護師のあやすような甲高い声が聞こえてくる。
部屋に戻ると、看護師がきて、父のオムツを替えていた。
私は、ゴロンゴロンと転がされる力ない肉体を見ながら、何も手出しできずにいた。物言わぬ肉体を軽々扱う看護師がまるで地獄の獄卒のように思える。

「おとうさん。」
部屋に私と眠ったままの父だけが取り残され、私は、小さく声をかけた。
なぜに、こうも私とあなたは遠く隔てられているのだろう。いつから、親子で憎みあい、兄弟で欺きあいを始めたのだろう。
憎しみは、どこからやってきてどこへ行くのだろう・・・?

私は、忙しそうな看護師を捕まえて、母の入所している老人ホームの名前と住所を聞き出した。怪訝そうな視線を避けながら、手帳にメモを取った。
それは、今、私の今の住所に程近い小さな町の住所だった。
A市××町。
私は、母に会えるのだろうか。どんな顔でどんな言葉で、どんな髪型でどんな服装で。
母は、私を許すだろうか。
私は、母を許すのだろうか。

母は、父の影におびえながら暮らし、そして私たち姉妹を父を見返すために育て上げた。尋常ではない厳しさで。
母性という名を借りた自己実現を私たち姉妹に課したのだ。
どこにだしても恥ずかしくないように。
学歴を、言葉使いを、生活を、考え方を、心までも支配した。
幼い頃から、母はぬくもりの対象ではなく、恐れの対象だった。
私に初潮がやってきた時に、恥ずかしいような誇らしい気持ちで、母にそっとその事実を告げた。
「下着は?」
「え?」
私は、初めての血で染まった白い下着をぎゅっと小さく丸めて掌に隠していた。
「ここにある。」
「貸しなさい。」
私が差し出した掌に乗った下着を、母は奪い去るように引っつかんだ。
そして、猫の額ほどの庭に出ると、持っていたライターで火をつけた。私の木綿の下着はなかなか燃えなかった。すると母は、新聞紙とライターのオイルを持ってきて、また火をつけた。
青いちろちろとした炎は、あっと言う間に赤く変わり、新聞紙ごと私の経血を包み込んだ。
「汚い。早く、手を洗って、お風呂に入りなさい。」
私は、その言葉に怯えながら、身体を洗って、知らずに流れてきた涙で汚れた顔をごしごしとこすった。
(汚い。)
母が言った言葉を、胸の中で何度も繰り返した。

病院の屋上は、日差しを遮るものがなく白く眩しく光っていた。
(日差しに酔ったかな。ビールが飲みたいな。)
私は、目の奥にちらちらする緑色の残像を追いながら、また顔を太陽に向けた。
病室では、父が眠っていた。
シューッコ、シューッコ・・・。
繰り返される単調な機械音。これに父が生かされている。
(ざまあないね。お父さん。)
家庭でも、仕事でも、何でも思い通りにできた人が、そんなところで機械に生かされ、残りの命の長さでさえ、人次第なんて。
あなたの言葉を何でも聞いた母もここにはいないよ。
老人ホームで、あなたのことなんて忘れて、意味のない言葉を吐き散らかしているよ。

そして、ここには、あなたと私しかいない。
憎しみはどこからやってきて、どこへ行くんだろう・・・。


つづく)
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