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創作掌編小説・童話

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復讐(後編)

新幹線の窓の向こうは、すっかり暗くなった。
父は、意識が戻ることもなく、あっけなくこの世を去った。
鬼の最後。
最後なんて、みんなあんなものなのか。

私は、缶ビールのプルトップをぷしゅっとあけた。泡だったビールの飛沫が車体の振動で顔に散った。ごしごしと手の甲で顔をこすりながら、暗い窓ガラスに目がいった。
(お父さん。)
窓ガラスに映し出された私は、年とともにふっくらとした頬の肉が削げ落ち、亡くなる寸前の父の顔にそっくりだった。
遺伝という鎖を引きちぎってしまいたい、どうしようもない衝動に駆られた。

紺色の空にさらに暗いシルエットの山々が低く連なっている。
ずっと低い手前から、その山の上のほうまで、黄色やオレンジ色の明かりが星をばら撒いたようにきらめく。ゆっくりとカーブを描いて流れる赤いランプは、たぶん高速道路なんだろう。
もうじき、私の住む町に着く。
胸の底の固い塊がごとりと動き出したように感じた。


父の葬儀に母は、来なかった。というより、呼ばれなかった。姉夫婦が、ボケた母の姿を人目にさらすこともないと、ホームから呼び寄せなかったのだ。
ずっと家を捨てていた私には、母がどのような状態であるのかは分からない。
ただ、父を死んだことも知らされず、母は自分が何十年も住んだ家から引き離され、どういう風にすごしていたのだろう。それを思うとひどく自分が動揺したのを覚えている。

父の葬儀は、真夏のように晴れた日に、父の生前の派手の人付き合いを示すように、盛大に行われた。
遺影の父は、にこやかに笑っている。
こんな顔で笑う人だったろうか。
でも、お父さん、眉間のしわは消えないんだ。
私は、隠した父の罪を見つけたように、そっとほくそえんだ。

父は、我が家での絶対的な権力者だった。
(俺の言うことは、99%正しいんだ。たとえ1%が間違っていたとしても、それを指摘することはお前立ちにはできないんだ。)
父は、真顔でそんなことを家族の前で口に出す人だった。
典型的な仕事人間で、家庭のことは、まるっきり母に任せっぱなしだった。
気に入らないことがあれば、怒鳴り散らし、いつでもいらいらしているように見えた。
母も姉も私も、父が家にいるときは、ひっそりと音をひそめて生活していた。

そんな父と母が完全に娘たちを管理しようとしながらも、家族と私の決別は、意外に早くやってきた。
中学生のときに、万引きで補導されたのだ。
お小遣いは、厳しく母に管理され、使用用途までも決まっていた。
でも、とりたてて欲しい物があったわけでもなかった。
塾に行く途中にある小さな雑貨屋にふらりと入った。その店の棚の上で、きらきらと輝く飾りのついたヘアゴムを手に取った。
最初は、ひとつ。
それは、誰にも気づかれなかった。
塾につき、トイレに行き、母が切った、縛る場所もないほど短い髪に、きらきら光るヘアゴムをそっと当ててみた。
どきどきした。鏡に映った私の顔が緊張でこわばっている。
でも、私には、その髪飾りが王妃の冠のように思えた。

私は、その店で、ヘアゴムを万引きし続けた。
青い星の飾りのついたもの、苺の形、細かい色とりどりの花が束になっているもの・・・。いくつもいくつも。
それはいつも、塾のひっそりとしたトイレで、私の髪に当てられるだけで、あとは自宅の本棚の隅に立てられたペン立ての底にしまわれた。
小雨の降る肌寒い日、私は、またその雑貨屋に立ち寄った。いつもの棚に近づき、オパールのように光る小さな白いハートのついたヘアゴムを手に取り、すっとカバンに落とし込んだ。
ぐっと腕をつかまれたのは、その雑貨屋を出ようと傘を広げた時だった。
「カバンの中を見せなさい。」
私は、カバンを開けた。
ころりとカバンの底に値札のついたヘアゴムが転がっていた。
カバンをさかさまにひっくり返された。
バサバサと落ちた塾の教材にまぎれて、きらきらと光るハートの飾りが、雨でぬかるんだ泥にまみれた。
私は、かたくなに口を開かず、名前も学校名も告げず、警察に引き渡された。
私は、父の命令で、母の手ので塾をやめさせられ、中学生には多額の小遣いを渡された。
何でも好きなものを買えばいい、自分の好きなように。そうたった一言、告げられて。



「は。」
新幹線からまた小さな私鉄を乗り継ぎ、やっと見慣れた駅に降り立った。
13年間住んだ私の町は、いつだって少し湿った匂いがする
まだ、時間はもう夕食の時間をはるかに過ぎていた。延びてしまった休みのお礼と明日から出勤することを告げるために、勤め先の花屋に電話をした。
簡単なお悔やみの言葉を店主から言われ、明日からまたよろしくお願いします、と携帯電話を持ちながら頭を下げた。
お腹のすいた私は、駅前のファーストフード店に立ち寄った。パサパサするハンバーガーを新聞紙のような匂いのするコーヒーで流し込んだ。
店内は、賑やかだった。でも、私に話しかける人はいない。
視線は、自然と窓の外に向けられた。いくつもの看板が見え、その中に父の死んだ病院で聞いた老人ホームの看板があった。
○○園。澄んだ空気と緑に囲まれた永住タイプのマンション。
私の足は、その住所に向かっていた。


老人ホームは、小奇麗で管理も行き届いているようだったが、どこからか排泄物の臭気が漂ってきた。デイルームの大きなテレビの前に、ぽつんと置かれた車椅子で老人がゆっくりと首を振っている。
母は、淡いクリーム色の壁の二人部屋でベッドに静かに横になって、目をつぶっていた。もうひとつのベッドは空のようだ。
13年ぶりに見る母の背中は、小さく縮こまり腰の辺りの肉付きだけが、豊かだった。
父が死んだばかりということもあり、ホームはすんなりと面会を許してくれた。
「・・・お母さん。」
母が、首だけをねじるようにして、こちらを向いた。
その顔を私は、忘れることはできないだろう。
柔和な目の色、微笑んでいるような。
「お父さんをおくってきた?」
母は、ボケてなんかいないのだ。
「あの人も死ぬのねぇ。うふふ。」
「ユキは?相変らず、旦那さんと仲良くしているんでしょう。あの子は、本当に小さい頃から素直だったから、お父さんとお母さんの言うことをよく聞いたわ。
お父さんの選んだ人と一緒になって、お父さんのように育ったわ。」
「お母さん?」
「自分の思い通りに、人を動かそうとして。うふふ。」
この人は、何を言っているんだろう。自分の伴侶が亡くなり、こんなところに閉じ込められて、なんでこんなにも嬉しそうに笑うのだ。
「ミユ、あなたに渡すものがあるのよ。あんなお花屋さんで一生懸命働いたって、たいしたお金にならないでしょう。・・・はい。」
母が、私に手渡したのは、私名義の古い通帳だった。中には、私が見たこともない金額が印字されていた。

なぜ、母は私が花屋で働いていること知っているのだ。13年間も連絡を絶っていたというのに。
それよりも、なぜ、この町の老人ホームにいるのだ。私がやっと見つけた安住の地に。

「あなたは、あの人にそっくりだった。顔もしぐさも。でも、私のいう通りにはならなかったわ。いつだって、自分一人で、何もかも決めてしまって。」
「だから、私は、あなたが嫌いだったのよ。」
母の目からは、あの柔和な表情は消えて、暗い怒りに燃えていた。
私は、自分が幼い頃のようにまた、怯えてるのを知った。膝ががくがくと小刻みに震えていた。
「明日、ユキが来るわ。あの子は、私の若い頃にそっくり。目元も体つきも。」
「お姉さんは、お母さんが・・・。」
「ボケていると、信じてるわ。うふふ。」
母は、頬を紅潮させてしゃべり続けた。ベッドの上に起き上がり、昔のようにすっと背筋を伸ばしていた。
「ユキは、お父さんを見殺しにしたでしょう。」
あはははははははははは。
母の高笑いが、部屋に響いた。

私はその部屋から、走って逃げ出した。
母は、その夜老人ホームの部屋で、パジャマを綱代わりにして、首を吊った。
父が亡くなってから、3日後のことだった。


姉から、母が亡くなったと携帯電話に連絡が入ったが、私はその連絡を無視して、花屋で働き続けた。
一度、相続放棄の書類がそっけない封筒で届いた。私は、内容を確認もせずに印鑑だけを押して、送り返した。
日々は、単調に平和に流れていった。
花屋の店長が、ある日、私に分厚い茶封筒を手渡した。
「なんですか?」
その中から、見覚えのある通帳が出てきた。
裏を返すと、差出人は、母の入所していた老人ホームになっていた。
あの日、母が私に手渡した通帳だった。あの時、走って母から逃げるのに必死で、あの部屋に忘れてきたのだ。

この中には、今の私には想像もできないほどのお金が入っている。カツカツの生活の私は、喉から手が出るほどこのお金が欲しい。

でも、それを稼いだのは、家庭をかえりみなかった父だ。
それを私の名で貯めたのは、私を嫌いだと言い切った母だ。
父は、母は、何を命の終わりに見たのだろう?

憎しみは、どこから来て、どこへいくのだろう?


通帳には、母の右上がりの文字で
「印鑑は、ユキが持っています。」
ただ一言、そう添えられてあった。



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