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創作掌編小説・童話

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ため息をつく坂

この坂はとても急だ。
息が弾む。吐く息が白い。
腕に抱えているのは、母さんから預かった手作りのケーキの箱だ。
僕の顔よりも大きなケーキだ。
どんなケーキかは分かっている。
今年もまた、父さんの嫌いな「チョコレートケーキ」なんだ。

この坂を登リきると、目の前に海が一面に広がる。
僕と母さんは、この坂のせいで海が見えない窪地に住んでいる。
僕は、毎年この坂を登って父さんにケーキを届けに行く。
父さんは、坂を登りまた下った海沿いに一人でいる。間近に海鳴りの聞こえる家だ。
ごつごつとした粗い海岸線に波が砕ける音は、ほとんど暴力的な響きだ。
「海が泣き叫ぶ声だ。」
昔、父さんは、穏やかに目を細めて静かにそう言った。

このチョコレートケーキは、母さんから父さんへの恨み言なんだ。
毎年、クリスマスイヴの早朝になると、大きなケーキを焼き、夕方、僕に届けさせる。

父さんは、僕が小さい頃、他の女性と家を出た。そしてその女性は、また父さんのもとを去っていった。
母さんは、父さんを許さなかった。
その後も、父さんから生活費は充分過ぎるほど送られてきて、僕はおかげでお金のかかる私立の中学を来年の春に卒業する。

ドーンドーンとお腹に響くような、荒れ模様の波音がすぐ近くに聞こえてきた。
もうこの坂を、僕は登りきる。
急な坂を一気に登り、僕はいつもここで、ため息をつく。
大きな深呼吸をしたあと、そっと小さな息を吐くのだ。

僕と母さんの住む家から、父さんの住む家までは、歩いて30分。
この坂で、街は隔てられているけれど、本当はとても近い。
母さんは、まだ父さんのことを本当に恨んでいるのだろうか?

父さんの家に着くと、もう街灯が灯る時間だった。
でも、父さんは家の明かりもつけずに、静まり返った家で、僕を待っていた。
「ケーキか。ありがとうと母さんに伝えてくれ。」
「じゃぁ、僕は帰るよ。」
「・・・一緒に母さんのケーキを食べて行かないか。」
父さんは、感情が読み取れない声で言った。
僕は、声を出さずにこっくりと頷いた。
薄暗い部屋の中に街灯の明かりが差込み、窓からは鈍く光る海が見えた。
父さんは日に焼けたしわの多い手で、そっと大きなケーキの箱を開けた。
今年は、つやつや光るチョコレートがコーティングされた、ザッハトルテだった。
僕の腕の中で温められたザッハトルテの表面に小さな水蒸気の粒がつき、ころん、と転がり落ちた。
窓からの微かな灯りの中、その光りが、目にきらりと焼きついた。
「母さんは。・・・母さんは、もう泣いていないか。」
僕から目をそらし、うつむいた父さんがくぐもった声で呟いた。
「父さん、坂の向こう側には、海鳴りは聞こえないんだ。」
そう言うと、僕は、うつむいて背を丸めた父さんを部屋に一人残し、そっとドアを閉めた。
どこからか、陽気なクリスマスソングが聞こえている。

ふと足元を見ると、父さんの家の玄関の外に砂がたまっている。海からの砂、飛砂だ。
そして、僕と母さんが住む家にも、強い風に乗って飛砂はやって来る。
強い海風に乗って、あのとても急な坂を越えて来るのだ。

いつか強い強い海風に吹かれ、坂を越え、父さんの声も届くのかもしれない。
そして、また僕は急な坂を登って帰っていく。


~終~
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コメント

初コメントです。

むむむ。せつないのう。
ため息が春を運ぶ風になればいいのに。

余談ですが、こんなん見つけました。↓
http://www.fukuinkan.co.jp/company/works.html
書き溜めたら送ってみては?

コメントありがとう!
切ない話と言われるとそうかも。
自分では、明るい未来を暗示(とても消極的だが)つもりなんだけど^^
おおおおお!福音館さんじゃないですか!!(-人ー)
思わず拝んだりして(笑)
まだまだ、そんな勇気はでないかも。。(大和撫子なもんで←嘘つき)

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