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創作掌編小説・童話

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オニオングラタンスープの湯気

冬になると、オレは必ず、風邪を引く。
今朝、ランドセルを背負った背中が痛かった。
(熱が出るなぁ。)
そう思いながら、玄関のドアに鍵をかけた。
学校に行く途中から、寒気がゾゾゾ、と襲ってきた。
オレは右左、右左と呟きながら、重い足を引きずって、学校へゆっくり歩いた。
1時間目。国語。
頭がゆらゆらする。教科書の字が大きくなったり小さくなったり・・・。
「先生!」
隣でガタンッと誰かが立ち上がる。オレの隣は誰だっけ。
「先生、横山君が、顔が真っ赤です!」
その声が聞こえたら、気が抜けた。
(ヨコヤマクンは、オレだよなぁ。)
オレは国語の教科書上に伸びてしまった。
冷んやりする廊下を日直に抱えられて保健室に来た。ベッドに転がり込むと重いまぶたを閉じた。
目が覚めると、真っ白い薄っぺらの毛布が上にかかっていて、ぽかぽか暖かい。窓の側の加湿器が真っ白の湯気をシューシュー噴いている。曇ったガラスの向こうの校庭が黒く見える。雨が降っているんだな。
保健室の先生は、どこかに電話をかけている。
「・・・ええ。熱が38℃超えていましてね。本人も辛そうです。お迎えに来ていただけますか?じゃぁまたお電話ください。…はい、では。」
うは。5年生にもなって母さんに迎えに来てもらうのは、カッコ悪いな。
「先生、オレひとりで帰れるから。」
「・・・それにさ、母さんの仕事場、遠いから。待ってたら日が暮れちゃうよ。」
保健の先生は、黙ってじっとオレの顔を見ていたが、うんと頷いてくれた。
オレのウチは、歩いて3分だ。学校の目の前の大きな道路を渡ったすぐ裏にある。
母さんの迎えなんて待っていたら、余計に熱が上がりそうだ。
昇降口を出ると、身体を小さく縮こませた。上着を教室に忘れてきたけど、取りに行くのは億劫だった。
制帽が雨にぬれてじっとり重くなった。背筋に氷を放り込まれたような悪寒が走った。
部屋に上がり、ぬれた制帽とランドセルを放り出して、電気のついていないコタツにもぐりこんだ。
寒さと震えが我慢できないほどになり、オレはぎゅっと目をつぶって丸まった。

何だか騒がしいなぁと思ったら、母さんだった。狭い家だからすぐわかる。母さんは玄関で、ばたばた音を立てて靴を脱ぐんだ、いつも。
「ヒロ、ヒロ?大丈夫?」
地味なスーツをきちんと着て、お化粧をしている母さん。母さんは、また慌ただしく動き回って布団を引いてくれた。オレは起られきずに、ずるずるとはって布団にもぐりこんだ。
「あのね、プリンとゼリーとヨーグルト、どれがいい?」
「プリンがいい。」
母さんは、スプーンを持ってきてくれた。
「あーん。」
オレはつられてあーんと口を開いた。
「まだ、5年生って子供だねぇ。」
母さんはオレの口にプリンを次々入れてくれながら、笑った。
それから、オレはまた目をつぶった。
「ヒロ。あとでファミレス行こうね。」
母さんの声が遠くに聞こえた。

母さんは、料理を作らない。
オレが小さい頃、アイツが来た時だけ、母さんは料理を作った。
凝った切り方をした煮物とか、人参のポタージュとか、手作りのコロッケとか小さなテーブルががいっぱいになるほど作った。
オレが小学1年生になり、そのお祝いの席で、お酒に酔ったアイツは言った。
「この料理は、ファミレスの味だな。」
母さんは黙って、アイツに、持っていたグラスを投げつけた。グラスが、後ろの壁にあたってガチャンとものすごい音を立てて割れ、アイツは真っ赤な顔をして訳の分からないことを怒鳴った。アイツが母さんをぶつんじゃないかと思って、オレは怖くて大声で泣きわめいた。
母さんは、小さいオレの頭に顔をうずめ、ぎゅっと抱きしめて動かなかった。
アイツは、母さんをぶたなかったけど、それっきり家にこなくなった。

「…ヒロ、ヒロ。」
母さんが、オレの顔を覗き込んでいる。
「うなされてたよ。怖い夢でも見た?汗かいてるから着替えようか。」
新しいTシャツとパンツにはき変え、母さんに氷枕をかえてもらった。新しい氷枕は氷がごろごろしていて頭の位置が落ちつかない。
「・・・熱下がったみたいだよ。母さん、腹減った。」
「うん、じゃ、ファミレスに栄養つけに行こう。」
本当は、まだだるかったけど、母さんの分厚いレンズのメガネをかけたぶすな笑顔を見たら、本当にお腹が減ってきた。

夜中の1時半のファミレスは、煌々と明るくて何だかカラッポだ。
低いつい立で仕切られたはじっこの席に母さんと向かい合って座った。
オレは、パジャマのズボンのまま上に分厚い上着を着込んでいた。母さんは毛玉のついたセーターにジャージのズボン。母さんが最高に不細工に見える分厚いレンズの黒ぶちめがね。
「ヒロ、高いもの食べんだよ。仕事の帰りに銀行寄ってきたから、お財布は大丈夫。」
母さんは、こういう時何も食べないんだ。メニューをぱらぱらめくって眺めるだけだ。
オレはメニューの中でも、ステーキとかの高い肉料理が載っているページを熱心に眺めるふりをした。
「あ、これ美味しそうだねー。リブステーキ!」
母さんがテーブルの向こう側から身を乗り出して、オレのメニューを指差した。
風邪を引いてるオレに、リブステーキか。
「うん。美味しそうだね、それにする。」
オレは母さんの目を見てなるべく嬉しそうに答えて見せた。

オニオングラタンスープが運ばれてきたのは、ほんの小さな間違いからだった。
夜中のファミレスの眠そうなウエイトレスが、オレの頼んだリブステーキのセットのスープを、がたりと傾けた。目の前のテーブルにコンソメスープがばちゃりとこぼれた。
ウエイトレスは、オレの「あーっ」という大きな声に驚いて何度も謝った。
そして、こぼしたコンソメスープの代わりに、オニオングラタンスープを二人分運んできて「サービスです。」とにっこり笑った。
母さんは、自分のオニオングラタンスープをじっと見つめた。
熱々のスープから湯気が立ち上り、めがねの分厚いレンズが白く曇った。オニオグラタンスープの湯気が母さんの目を隠してしまった。
どんな目をして、母さんはこのスープを見つめているんだろう。
小さなオレが母さんにしがみついて大泣きしたあの日、アイツが飲んで「ファミレスの味」とけなしたのは、手作りのオニオングラタンスープだったんだ。
「ヒロ、オニオングラタンスープだねぇ。」
「風邪引いてるんだから、何でも食べて栄養つけなくちゃ。」
そう言った母さんは、最後までスープに手を付けすに、コーヒーを3杯お代わりしただけだった。
オレは、返事ができずに、固いリブステーキをムリヤリ、食欲の消えた胃の中に押し込んだ。
母さんの顔が見られなかった。
二人分のオニオングラタンスープがテーブルの上で、冷めて固まっていた。
家への帰り道、二人で、寒い寒いと白い息を吐き、ふざけて笑いながら歩いた。
夜空の真ん中にオリオンの三ツ星が輝いていた。

次の日、熱が出てダウンしたのは、母さんだった。ふうふうと息を吐きながら、オデコに「熱冷ましシート」をはり、布団を厚くかけて寝込んだ。
オレも学校を休んだ。
母さんは、時々目を覚ましては、ぼーっと遠くを見つめるような目つきをした。
「だるくてね。」
冬の短い日が傾きだし弱々しい西日の中で、母さんは壁を向いて横になったきり何もしゃべらなくなった。オレはそんな母さんに話しかけられずに、部屋の中をうろうろするばかりだった。
母さんが仕事を休んで、こんな風に寝込んだ姿をはじめて見た。
オレは、母さんに何か食べさせようと、乾いたキッチンに入ってぐるっと見回した。
キッチンの扉を、次々開けて食べ物を探したけど、元気のない病人に何を食べさせたらいいのか思いもつかなかった。何か買って来て食べさせようと、自分のお小遣いをポケットに入れ、そっと外に出ていった。
普段行かない巨大なスーパーに行った。寒い季節だと言うのに、店の中は汗をかくほど暖かく、また熱が出そうだった。
色とりどりの野菜や、缶詰やお菓子のパッケージが、オレの目をくらくらさせる。
オレは思いついて、レジのそばの雑誌売り場に近づいた。このたくさんの料理の雑誌の中には、オレが作れそうなメニューがあるに違いない。
「寒い日の料理」と大きく書いてある雑誌をそおっと手に取り、ページをめくって見た。
ぱっと目に飛び込んだのは「スープ特集」だった。
一瞬どきっとしたが、やっぱりあった。
「オニオングラタンスープ」
オレは、これを作って母さんに食べさせてやろう。
そうだ、母さんは、好き嫌いが多い小さい頃のオレに、言ったじゃないか。
「キライなものにはたくさん栄養があるんだよ。キライなものを食べると強くなるんだから。」
って。
母さん、オレと一緒に嫌いなものを食べて強くなるんだ。
もうちょっとだけでいいから。

オレは、どんどん材料を放り込んで、重くなったカゴをレジに通して、ガンガン帰ってった。
オレの作ったオニオングラタンスープを食べたら、きっと母さんは笑ってくれる。

**終**

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コメント

いろいろ痛いけど(料理作らないところなんか・笑)、
単純にいい話だな~と、うるっときちゃいました。
子どもって本当にいろいろ気を遣ってくれるよね。

「オニオングラタンスープ」の香りの描写がもうちょっとあると、もっとおいしそうだしあったまりそうな気がしました。
あ、単に私がオニオングラタンスープ大好きだから読みたいだけかも。

NoTitle

食べ物の描写をするためには、その食べ物を食べて観察しなきゃ。。記憶だけでは、中途半端かな。。
とりあえず、真夜中にファミレスのオニオングラタンスープを食べなくちゃ~と思います^^
感想有難う♪

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